
馥郁(ふくいく)とした香りに誘われて
肌寒さが残る早春に咲く梅は「春告草」という別名を持っています。
梅の花が咲くのを見て、春を知る。
かつての日本人は「梅暦」といって梅の開花で春を知り
それを暦代わりとしていました。
梅の開花によって春を知る「梅暦(うめごよみ)」
なんて風流な言葉なのでしょう。
梅が春の訪れを知らせる花… 音読みして「ばいれき」とも読まれた古い言葉です。
中国から暦が伝わる前、日本は自然暦でした。
自然の様子を目安として、時節を知っていたのです。
梅の花が咲けば、春。人々はその開花をどんなに待ちわびたことでしょう。
『梅暦』という言葉そのものが、梅の花を指す場合もあるそうです。
「春告草(はるつげぐさ)」とも呼ばれる梅。
本当にたくさんの異称を持っています。
香りがいいので「匂い草」「香栄草(かはえぐさ)」
ほかの花に先がけて咲くので「花の魁(さきがけ)」「花の兄」
昔、晋(しん)の武帝が、学問に励むと梅の花が咲き
怠(おこた)るとしおれていたという故事から「好文木(こうぶんぼく)」

薄紅色の可憐な花。
清楚で気高く、百花に先んじて早春に咲く梅は古来から人々に愛されており
観梅の風習は奈良時代からすでに行われていたそうです。
当時も早春の梅は人々の心を打ったようで、かの「万葉集」には
梅の歌は118種、桜の歌は38種と圧倒的に梅の歌が多く詠まれています。
・「春されば まづ咲くやどの梅の花 ひとり見つつや春日暮さむ」 (山上憶良)
・「わが園に 梅の花散るひさかたの 天より雪の流れくるかも」 (大伴旅人)
・「我が背子に 見せむと思いし梅の花 それとも見えず雪の降れれば」
(山部赤人)
・「今日降りし 雪に競ひて我がやどの 冬木の梅は花咲きにけり」
(大伴家持)
・「酒坏に 梅の花浮べ思ふどち 飲みての後は散りぬともよし」
(大伴坂上郎女)
万葉集では梅と言えば白梅を意味し、その散る様子を
雪が降る様に紛うという表現をしている歌が多く見られます。
この万葉の時代、季題としての「雪」と「梅」は春でもあり冬でもあったようです。
この頃に詠まれたのは白梅で、紅梅は清少納言や紫式部などの
平安時代の女房たちの手によって文芸上に登場するようになりました。

松竹梅はお祝い事にはつきものですが、中でも梅は
お正月にはなくてはならない花になっています。
そして花見と言えば現代は桜を思い浮かべますが
梅の花も非常に魅力的で甲乙つけがたく、実際に昭和初期には
日本の国花は梅と桜のどちらがいいかと争われたことがあったそうです。
梅派の人達は「桜は春爛漫の浮華軽佻な木である」といい
梅こそ寒風に立ち向かい、忍耐と覇気があり、高潔な美しさがあり
まさに日本を代表する花としてふさわしいと主張したそうです。
花の盛りもさることながら、ほころび始めたつぼみの時期
一輪だけ咲く景観にも風情があります。
立春を過ぎ二月中旬にもなると 早春に咲く花木は堅い蕾を少しずつ膨らませます。
その先頭を切って百花に魁け花開くのが梅。
春告草とも言われる通り冬の厳しさにじっと耐えて
時には雪をかぶりながら一輪一輪と蕾を綻ばせ
馥郁たる香りとともに春の訪れを告げる…。
一輪開花する毎に暖かさが増してゆく季節。
まさに 「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」です。

「梅が香に 追ひもどさるる 寒さかな」
「梅が香に のつと日の出る 山路かな」 (松尾芭蕉)
暖冬の影響で今年の梅の開花は早いようですが
梅の便りが聞かれると、待ち遠しい春はもうすぐそこまで近づいていると
なんとなく穏やかな気持ちにさせてくれます。
ちなみに…
寒い寒いとおもいながらも、ほのかに匂う梅の香に誘われ
庭の奥、山の中を歩くと事を「探梅」「探梅行」などというそうです。
ふと見やったその先に梅の花が一つ、二つと咲いていると嬉しいものです。
余寒にひるむことなく花をつける梅に、りりしさや清々しさを感じます。
梅は梅干や梅酒など果実もいろいろと利用されていますが
戦国時代から江戸時代初期の頃、梅の実が糧食として重宝され
次第に諸国、各藩で栽培されるようになりました。
藩が栽培を奨励するところもあり、中でも水戸藩藩主・徳川斉昭は
藩内各所に梅を植えさせ、藩校の脇には梅を讃える碑まで建てています。
斉昭創設の偕楽園は今でも観梅の名所として広く有名ですね。

「しら梅に明る夜ばかりとなりにけり」 (蕪村、辞世の句)
蕪村には梅を詠った句が多いのですが
最後の瞬間も梅の花を気にかけていたのですね。

梅暦 (上)
梅暦 (下)
第一合同歌集 梅暦
「近代日本の文学空間」
「花暦」
「おりおりに和暦(わごよみ)のあるくらし」
「四季の花手帖」
四季の花の特徴、伝承、扱い方などを詳細に解説し
現代の暮らしの中のいけばなを提案。
自然、伝統の花への想いまでも謳う、新タイプの「花材事典」。












