
◆文月(ふみづき・ふづき)
牽牛・織女に詩歌の文を供え祭る七夕の行事にちなんで「文月」という説。
七月は、七夕で歌を書いて文を添える「文披月(ふみひらきつき)」から。
短冊に歌や字を書き、書道の上達を祈った七夕の行事に因み
「文披月(ふみひらきづき)」が転じたとする説が有力とされる。
『万葉集』で7月をフミツキと訓(よ)ませている。
その他、陰暦七月が稲穂が膨らむ月であるため
「穂含月(ほふみづき)」「含月(ふくみづき)」からの転とする説。
稲穂の膨らみを見る月であるため「穂見月(ほみづき)」からの転とする説もある。
七夕の日に書物を夜気にさらす行事
中国の7月7日に書物の虫干しをする習慣が日本に伝わり「文書ひらく月」という説もある。
■異称
相月 (あいづき)
秋初月 (あきそめつき)
女郎花月 (おみなえしつき)
七夕月 (たなばたつき)
親月 (ふづき)
文披月 (ふみひらづき)
書披月 (ふみひろげづき)
愛合月 (めであいづき)
新秋 (しんしゅう)
初秋 (はつあき・しょしゅう)
孟秋 (もうしゅう)
涼月 (りょうげつ)
蘭月・七夜月・多草月・穂見月
稲の穂が脹らむ季節だから「穂ふくらむ月」
穂がよく見えるようになるから「穂見月」
■季語 季節の言葉
梅雨明け・青田・雲の峰・虹・お花畠・打ち水・登山・夏果・朝曇り・片陰・百合
海開き・盛夏・猛暑・真夏日・油照り・入道雲・夕立ち・蚊遣り・土用干し
夏空・朝露・山開き・川開き・雷・夕涼み

◆ 食
日本の食文化は米を主食にして、豆・魚・海草・野菜などを
たっぷり取り入れた食事が特徴で
究極の長寿食として世界中の人々に注目されています。
日本の食文化は古来より大陸から伝わった食文化に
日本の気候風土を取り入れた先人達の智恵によって作られたものです。
また、日本の四季と料理にも深い関係があります。
とりわけ、その季節だけに採れる食材を「旬」のものとして調理する技術が発達し
季節ごとの料理を楽しむ事ができます。
そして日本料理は味だけではなく、見た目の美しさも大切にしています。
それはそれぞれに意味を成した盛り付け、それを引き立てる食器など
それぞれの「職人」によって作られた技術の集大成という事ができます。
食 (1)
「米」 「おにぎり」 「日本酒」 「餅」 「寿司」
※特徴、起源・歴史、製法・調理法・種類という内容でご紹介。
■オススメウェブサイト
『日本の食文化の歴史』
http://contest.thinkquest.jp/tqj1998/10048/
■オススメブックス
「はじめての和食」
和食の知識と基本レシピが確実にマスターできる和食の知識
日本食の知識とレシピが身につく一冊です。
「ル・クルーゼ」で、おいしい和食
フランス生まれのホウロウ鍋「ココット・ロンド」でつくる定番和食の数々。
だしなし、水もなしの肉じゃが、ふろふきかぶら柚子こしょう味噌、鍋蒸しなす
レンズ豆のぜんざい、ミルクわらびもち…。
ごはんからデザートまでル・クレーゼがおいしくしてくれる和食集。

「恥をかかない和食の作法」市田ひろみ
和食の作法が身につく一冊です。
「ガンにならないゾ!宣言〈PART2〉」
世界も注目 これぞ驚異の和食パワー
ガンを防ぐ驚きの効用を持つ「和」の食材の「薬効」を解説した本。

衣食住の「衣」から
今回は夏の和服 「浴衣」 「甚兵衛」 と 「産着」 について。
「衣」
読み方:ころも
同義語:着物
日本の代表的な民族衣装である「着物」
着物の歴史をさかのぼると、縄文時代の貫頭衣〔かんとうい〕にまで辿り着きます。
飛鳥時代の唐文化の影響、平安時代の鮮やかな十二単。
日本の歴史のなかで、着物文化は私達と切り離す事ができません。
現在一般的に「きもの」と呼ばれているものは和服の中の「長着〔ながぎ〕」にあたります。
長着の仕立てには、裏の付いた袷〔あわせ〕仕立てと
裏の付いてない単〔ひとえ〕仕立てに大別され季節やTPOによって着分けます。
日本の民族衣装である着物ですが、洋服の一般化によって着用する機会が減少していました。
しかし最近ではアンティーク着物や和柄の流行により若い世代にも人気です。
これからの新たなきもの文化に昔ながらの伝統的な作法を織り交ぜ
今後も日本の美しいきもの文化は発展していく事でしょう。
着物の種類は「織り」と「染め」の2種類に分けられます。
織りの着物とは初めに糸を染めておき、後から織り上げた着物のことをいいます。
染めの着物とは、白い生地を織り上げ、後から布地に模様を手描きしたり
色で染めたりする着物のことをいいます。
絣や紬などは織りの着物に分類され、振袖や訪問着などは染めの着物に分けられます。
織りの着物は表と裏地が同じ繊維なので、表の色が薄れてきても、裏返しにすると
また新しい着物のように着ることができます。
染めの着物の場合も、再び染め直すことでまた新しい着物として生まれ変わります。
古くなってもすぐには捨てず、また新しく生まれ変わらせる。
着物からは日本人の物を大切にする心が伝わってきます。
■オススメウェブサイト
きもの日本---kimononippon---
着物のポータルサイトです。
http://www.kimono.co.jp/wasou/01/01_top.html
omogatari
着物でおでかけレポートや写真が充実たサイトです。
www12.ocn.ne.jp/~omo/
京都の着物総合情報サイト
着物に似合う髪形や着用時の作法まで詳しく紹介されています。
www.kimono-kyoto.com/
金澤撫子塾
有名旅館の女将達から和を学ぶサイトです。
www.kanazawa-nadeshiko.com/index.html
京友禅の老舗 千總
京友禅の老舗「千總〔ちそう〕」のHPです。
雅やかな京友禅を紹介した「京友禅図鑑」があります。
http://www.chiso.co.jp/top.html
全日本きもの研究会
着物に関するエッセイや情報が満載です。
http://www.ykya.co.jp/index.htm
■オススメブックス
「はじめての私の着物」
河村一子 河出書房新社 2003
「着物を着てみたい、でも、どうしたら?」と思っている
すべての超初心者におすすめの着物入門書です。
「着物は楽しい」
大橋歩 文化出版局 1994
着物を着たいけれど、どうすればいいのかわからない人のために
イラストをたくさん交ぜて大橋流の楽しみ方を紹介しています。

◆ 浴衣 ◆
読み方:ゆかた
浴衣は夏に着る最もラフな着物で、元々は湯上りに着る室内着でした。
しかし最近は浴衣の柄や素材の変化により、夏になるとお祭りや花火大会など
内外問わず浴衣を見かけるようになりました。
また、普通の着物より簡単に着付けでき、価格も手頃なことから
特に若い世代や外国人に人気の夏の定番着物です。
※若い世代に人気
浴衣は安価で着付けも簡単なため日本人に最も受け入れられており
子供からお年寄りまで幅広い人気です。
浴衣は元々湯上りに着用していた着物なので、涼し気に見えるよう
白地や藍地、紺地に秋の草花を染めた柄が一般的です。
しかし現在では和服ブームに伴い10代から20代対象の洋服ブランドも
こぞって浴衣を製作・販売し始め
原色ベースのカラフルなプリントを施したものも多く出回っています。
昔からある白地や紺地に古典模様の浴衣は「古典的」
今風の鮮やかな彩りの浴衣は「ブランド浴衣」と言われます。
※銭湯の普及とともに
浴衣の起源は平安時代、貴族が蒸し風呂に入るとき、水蒸気でやけどしないように着た
「湯帷子〔ゆかたびら〕」がはじまりとされています。
帷子〔かたびら〕とは麻の着物のことです。
その時代、綿は高級品とされたため、装束の下着となる薄い着物は麻で作られていました。
江戸時代後期になって、綿の生産量が高まり庶民に普及するとともに
湯帷子の生地も麻から綿に変わりました。
また、銭湯の普及にともない着用の場が増えたため、略されて「ゆかた」と呼ぶようになりました。
現在では風呂上がりだけではなく夏に着る着物として定着しています。
※夏の知恵
普通の着物で付けるような長襦袢などは基本的につけません。
しかし麻の浴衣など透けやすい素材で作られている浴衣はつけた方がほうが良いでしょう。
また、染め方により格のある浴衣も存在します。
そのような浴衣で外出する際は、着物と同じように
下着や衿元を重ねた装いにする必要があります。
浴衣には暑い日本の夏を快適に過ごす工夫が凝らされています。
例えば、古典的な浴衣には、紺地と白地が多く見られます。
白地の浴衣は昼用で、家の中で着ると真夏でも涼しく過ごせます。
紺地の浴衣の場合、紺色に染めるために使われている「藍」の香りを虫が嫌うことから
虫の多く出る夕方から夜にかけて着用するのが良いとされています。
浴衣には暑い夏を快適に過ごすための日本人の生活の知恵が染み込んでいます。
■オススメウェブサイト
ゆかた情報誌:ゆかたりずむ浴衣の総合情報サイトです。
http://yukatalism.com/
浴衣、花火…[浴衣姿でレディな夏]
浴衣に関するQ&Aや簡単な着付けなどを紹介しています。
http://allabout.co.jp/L/20020704/s/
浴衣、竺仙…[大人の浴衣を誂える]
30代からの浴衣、浴衣の誂え方などが掲載されています。
http://allabout.co.jp/L/s/040602/?FM=ltop
浴衣:竺仙
浴衣や江戸小紋の老舗です。
http://www.chikusen.co.jp/
ゆかた通ホームページへようこそ!
浴衣の着こなしや歴史、写真コンテストなどを掲載した浴衣の総合情報サイトです。
http://www.yukata-too.com/
■オススメブックス
「着付けと帯結び」
浴衣から振袖まで...新・きものに強くなる
浴衣から振袖の着つけまで完全マスター!
プロセス写真を使って、ポイント部分をわかりやすく解説。
「新版 浴衣の次に着るきもの」
着物で子育て!お掃除&洗濯…古くて新しい、きもの暮らし。
着物生活実践の記録です。
「この夏はゆかたを着よう」
旬のゆかた競演/めざせ!大和撫子 ゆかたの着こなし術/ゆかたに似合うヘアカタログ
この夏ゆかたデビュー(一人でゆかたを着る/基本の帯結びをマスターする)
手作り小物/着くずれ応急処置/着たあとの始末
「ゆかたであそぼ」
ゆかた通信
上品系お嬢様に大変身 コシノジュンコのエレガントゆかた
いつものゆかたがおしゃれに変身 わたしのきものデビュー
ラブ度アップの恋ゆかた/ モードゆかた/Men’s YUKATA
ゆかたヘアバリエーション/ゆかたに合わせたい小物
あそびから正統派まで コーディネートを楽しもう

◆ 甚兵衛 ◆
読み方:じんべえ
同義語:甚平〔じんべい〕
[男性用]
甚兵衛は夏の室内着で、女性の浴衣と同じく湯上りに着る和服です。
上衣と下衣に分かれており、上衣は帯を締めず左右の紐でとめる仕立てになっているので
誰でも簡単に着ることができます。男性用の簡易着物と言えます。
※夏に涼しく
甚兵衛は浴衣のような扱いのため、夏に涼しく快適に過ごせるような工夫が施されています。
浴衣のように夏の湯上り着・室内着とされているので、布地は薄いものを使用しています。
また甚兵衛と似た形の作務衣〔さむえ〕は長袖・長裾であるのに対し
甚兵衛は半袖で膝上丈です。袖や裾の絞りは一切ありません。
※兵士の陣羽織
甚兵衛は戦国時代の陣羽織が元になったと言われます。
陣羽織とは戦の際に羽織る袖なしの羽織です。
陣羽織は武士や、農民である兵士が胴着などの上に着用していました。
武士の陣羽織は革や厚い布地で作られていましたが
兵士の陣羽織は、すばやく動けるように木綿などで作られており
"兵士の陣羽織"と言う意味で「陣兵羽織」と呼ばれました。
その後羽織が民間にも広まり、陣兵羽織をもじって「甚平羽織」に
更に羽織を省略して「甚平」になったようです。
※内から外へ
甚兵衛は家の中で着るものとして作られているため普通外出の際には着用しません。
家でくつろぐための衣服(いわばパジャマのような和服)です。
しかし現在では夏になるとお祭りや街中で
甚兵衛を着た若い男性をよく見かけるようになりました。
甚兵衛自体様々な柄が作られるようになり徐々に外出着としての機能を備えてきています。
■オススメウェブサイト
お祭りには甚平で遊びに行こう[子供服・ベビー服]
子供服としての甚平の素材や特徴を紹介しています。
http://allabout.co.jp/children/kidsfashion/closeup/CU20030701A/
浴衣&甚平
浴衣と甚平の洗い方・たたみ方が紹介されています。
http://www.kao.co.jp/house/040802/htw/yuk.html
陣羽織(じんばおり)
昔の陣羽織を画像付きで紹介しているサイトです。
http://www.shirakawa.ne.jp/~rekimin/siri2/jin.htm
■オススメブックス
「男のきものの着こなし入門」
着つけや帯結び、袴や裃の付け方、羽織の紐の結び方など
男性の着物の知識をまとめた一冊。カラーで見やすいです。
「年代・体型別きもの着こなし術」
より美しいきもの姿をめざして、年代・体型・雰囲気別に
似合う色・柄・素材を考えます。
地味なきものを若い人が着るには?一枚のきものを幾通りにも着るには?
コーディネートの実例、体型による着付けのポイントをわかりやすく紹介。
「男のきもの雑学ノート」
コーディネイトは? 下着は? 洗濯は? 値段は? TPOは?
わからないあなたもだいじょうぶ。
粋な着姿をめざして、即はじめよう「きものライフ」
「男のきもの達人ノート」
初めてきものを着る貴男からかなり着慣れた貴男まで。
美姿、たちまち向上!満載、すぐに役立つ先達のワザとコツ。
もっともっと着こなし上手になりたい貴男へ。
「家族で着れるじんべい&ゆかた」
和の衣服を手軽にふだん着として楽しむため
浴衣、甚平、作務衣の縫い方を紹介しています。

◆ 産着 ◆
読み方:うぶぎ
同義語:産衣
[子供用]
産着は赤ちゃんが生まれて初めて袖を通す伝統的な着物です。
生まれて数日後にくるまれる麻素材の産着の他に
生まれて約1ヶ月後のお宮参り(初宮参り)で着用する
七五三着物のような華やかな産着(初着)〔うぶぎ〕の2種類があります。
産着には赤ちゃんが健やかに育つようにとの願いがこもっています。
※初めての着物
赤ちゃんが生まれた直後に初めて袖を通す服はガーゼで作られた産着です。
それから2〜3日経つと、麻で作られた産着に変わります。
麻の産着には、麻の葉を図案化した正六角形の模様(左の画像)が描かれています。
麻はすくすくと真っすぐに伸びることから
赤ちゃんの成長を願う意味をこめて描かれています。
また、誕生から約1ヶ月後に「お宮参り」と言って
赤ちゃんが生まれた事を神様に報告する儀式があります。
この時に着る(かける)華やかな着物も産着(初着)と呼ばれます。
女の子なら赤の着物、男の子なら青か黄色の着物が一般的です。
女の子は手毬〔てまり〕や小鼓〔こづつみ〕などの可愛らしく縁起の良い模様が多く
男の子では兜〔かぶと〕や鷹〔たか〕のような凛々しい模様が多いようです。
また、お宮参りでの産着は七五三の着物のように振袖のついた仕立てになっています。
※子の成長を願う
産着の習慣が広まったのは江戸時代頃と言われています。
麻素材の産着は、赤ちゃんの成長を願うという意味以外に
麻の香りが虫除けになるという一面を持っています。
また産着に刺繍されている麻の葉模様は、災いを防ぐお守りとされており
昔は生まれて来る子供のために母親が一針一針刺繍を入れていました。
現在では刺繍からプリントへと変化しましたが
様式は変わっても子供を思いやる親の心は変わらず
日本独自の伝統がいまだ受け継がれています。
※晴れ着としての産着
お宮参りで晴れ着として着る産着(初着)は、赤青黄色などの華やかなものが良いとされています。
産着といってもまだ生後1ヶ月程度の赤ちゃんに帯びを締めるなどして
きちんと着付けることは難しいため、赤ちゃんにはガーゼの長襦袢
(着物の際に着る下着のようなもの)を着せ
母親(*)が抱いた状態で上から産着をかける形になります。
(*) お宮参りでは父方の祖母が赤ちゃんを抱いてお参りするという伝統があります。
しかし現在では、母親と赤ちゃんの関係を第一に考え
母親が抱いてお参りすることが一般的になりつつあります。
■オススメウェブサイト
[妊娠・出産・育児]babycom/ベビーコム
妊娠から出産まで様々な情報を提供しているサイト。
産着の知識も掲載されています。
http://www.babycom.gr.jp/care/c1.html
絹の産着[和]
絹の産着を製造販売されている会社のサイトです。
産着についての知識も豊富です。
http://www.h3.dion.ne.jp/~shinwa_k/index.html
【三島市】〜魔よけの模様〜「麻の葉模様」
静岡県三島市のホームページ内で、麻と日本文化の関係について書かれたページです。
http://www.city.mishima.shizuoka.jp/kiji1.asp?id=1633
ゴーゴー育児 ドットコム
ミキハウスが提供する育児専門サイトです。
http://www.55192.com/
■ オススメブックス
新選子どものグッズ
村上睦子 柴田篤美 フレーベル館 1986
産着からランドセルまで、子どものためのモノ選びのコツを完全収録!
無駄を省き、かしこい消費者になるための本です。
「これで納得子どものお祝い」
子どもの行事・孫の祭事
お祝いごとの由来、お祝いを贈る時期やお返し、表書きなど押さえておきたいポイント。
出産から初誕生までのお祝いごと
(お七夜/命名/出産のお祝い/内祝い/お宮参り/お食い初め/初節句のお祝い/初誕生のお祝い)
小学校入学までのお祝いごと
(七五三のお祝い/入園・卒園のお祝い/小学校入学のお祝い/誕生日のお祝い)
「苧麻・絹・木綿の社会史」
日本人の三大衣料原料であった苧麻・絹・木綿。三本の糸を手繰りながら
これまで見えなかった民衆の生活史・社会史像を探ります。
「LUNCOのオモシロ着物柄Marble books」
永田欄子 マーブルトロン 2004
古布に魅せらて25年のLUNCOさんによるはぎれと着物
そのオモシロ柄の世界を紹介した本です。
「手縫いの赤ちゃん服&小物」

手ぬぐいで作る産着、甚平、腹がけなど・・
手縫いの基礎、写真解説で分かりやすく説明。

夏至(げし)は二十四節気の1つで、一年で最も昼の時間が長くなる日です。
それは、太陽が最も北(北回帰線の真上)に来るために起こる現象です。
しかし実際は夏至は梅雨の真っ只中なので日照時間は冬よりも短いことが多いようです。
6月21日頃。およびこの日から小暑までの期間。
太陽黄経が90度のときで、日本の大部分では梅雨のさなか。
北半球では一年中で一番昼が長く夜が短い日。旧暦五月中。
『暦便覧』には「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり」と記されている。
また、日本と違って暗く長い冬が続く北欧では
この日は特別の喜びを持って迎えられ各国で盛大に夏至祭が行われます。
『夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり』(高浜虚子)
太陽が最も高く昇り、昼が一番長く、夜が一番短くなる。
冬至から半年後、太陽が黄経90度に達し
昼が1番長く夜は1番短くなる夏至の日から
16日間が二十四節季の夏至の期間である。
本州では昼の時間と夜の時間の割合がほぼ2対1になるが
北海道など北に行くにしたがって、昼の割合が大きくなる。
そして北極圏に近づくと、太陽は1日中沈まない。
幸か不幸かこの季節は梅雨のまっ最中で、昼の実感が味わえない。
北欧の人達のように夏至のお祭りを楽しむ風習がないのはそのためだが
おかげで気温の上昇がおさえられている。
そして、恵みの雨に草や木が緑を深くして行く。
夏至の期間の七十二候は以下の通り。
[初候]
乃東枯(ないとう かるる)(なつかれぐさかるる) : 夏枯草が枯れる
夏枯草(かごそう)とも呼ばれる冬に咲いてこの頃枯れるという。
鹿角解(しかの つの おつ) : 鹿が角を落とす季節(中国)
[次候]
菖蒲華(しょうぶ はなさく) : あやめの花が咲く
(あやめはなさく) 水辺を色どるあやめが夏の到来を知らせてくれる。
蜩始鳴(せみ はじめて なく) : 蝉が鳴き始める(中国)
[末候]
半夏生(はんげ しょうず) : 苗が生える季節でかなり暑さを感じる季節
烏柄杓が生える(日本・中国)
からすびしやくが咲く。
また、この頃葉が白くなるはんげしょうという草もある。
田植もすっかり終る。離節の半夏生は7月2日である。

◆一年で一番昼の時間が長い日
夏至とは、この日を過ぎると本格的な夏が始まるという意味です。
冬至にかぼちゃを食べるようにこの日も何かを食べる習慣がありますが
何を食べるかは地方によってまちまちです。
例えば関西地方では、タコの八本足のように
イネが深く根を張ることを祈願してタコを食べます。
◆太陽の化身「天照大身神」
古来、天照大神(あまてらすおおみかみ)は太陽の化身と位置づけされていました。
日本各地にある古代遺跡や書籍などからその信仰を垣間見ることが出来ます。
「夏至」という言葉が入って来たのは、中世になって
中国から二十四節気が入ってきてからのようです。
その後、各地で太陽の生命力を得るために
夏至の日を祝うお祭りが開催されるようになりました。
2003年から、夏至の日は昼の時間が長いので
「電気を消してスローな夜を」というタイトルで
節電を呼びかけるイベントが行われています。
◆三重県二見浦の夏至祭
三重県二見浦〔ふたみうら〕には、夏至の時期だけ夫婦岩の間から朝日が昇ります。
これは夏至の日の前後2ヶ月しか見られない特別な光景です。
そして、この海中には興玉神石(沖の石)があり、昔からその沖の石は
常世の国から神が寄りつく聖なるところといわれてきました。
そして、夫婦岩はその鳥居〔とりい〕と見なされていました。
また二見浦では毎年「夏至祭」が行われます。
白装束に身を包んだ300人近くの善男善女が、天照大神を迎えるために
祝詞〔のりと〕を唱え気合いを入れつつ海に入り
朝日が昇ろうとする夫婦岩に向けて歩いていきます。
そして朝日に向かって国歌を合唱をするそうです。
○二見浦旅館組合公式ホームページ
伊勢の二見浦の夫婦岩は夏至の日にだけ、岩と岩の間から朝日が昇ります。
その詳細を書いているサイトです。
http://www2.mie-net.ne.jp/yado23/
○100万人のキャンドルナイト
夏至と冬至の日に電気を消して節電をする
「100万人のキャンドルナイト」の公式サイトです。
http://www.candle-night.org/
○知って得する豆知識
カゴメの提供する日常の豆知識のコーナーです。夏至が紹介されています。
http://www.tomato-ks.com/topics/mamechishiki/vol_04_p01.html
「つきづきの彩り」旧暦二十四節気に見る日本の美しい風景
人や自然に拘わらずどのような存在に対しても相手を気づかう
人間の側が一歩引いて対処する気持が大切。
立春、雨水、啓蟄などの旧暦二十四節気に季節を区切り
それに相応しい季語などを添えた写真集。

「えこよみ」 二十四節気や七十二候を通じて四季の移ろいや身近な自然を感じる絵本。
古くから伝わる季節の言葉と美しいイラストに新暦のカレンダー。
日々の暮らしの中に小さな自然の変化を見つけたらこの本を開いてみて下さい。
あなたの生活と自然が実はとても近くにあることに気がつくかもしれません。

かぐわしい香りや優美な姿。
バラはいつの時代も見るものを魅了します。
観賞用に品種改良されたものを含めて二万ほどの種類があり
四季を通して楽しめるバラがたくさんありますが
ダマスクローズなどの古代薔薇は5月から6月にかけて花を咲かせます。
優雅で甘い香りのバラは女性の大好きな香り。
数あるバラの中でもブルガリア産のダマスクローズは非常に香りが高く
「ダマスローズなくして香水の名品は生まれない」といわれるほど。
その香りは専門家によると「透き通るような華やかで強い甘さの中に
ラズベリーやピーチの様なフルーティーな香り。
そして若干のスパイシーな香りを含む」と表されます。
世界3大美女に数えられるクレオパトラもバラを愛したひとり。
恋人を宮殿に迎える際、床一面に花びらを敷き詰めてもてなしました。
ボッティチェリの名画『ヴィーナスの誕生』
シェイクスピアの詩や劇をはじめ、多くの芸術作品にもバラが登場します。
それほどこよなく愛されている花なのです。
古くはバビロン王朝宮廷にも薔薇は咲きほこっていたといわれています。
ギリシャ時代の神話にも薔薇の花が出てきます。
ギリシャ神話の美と愛の女神アフロディテが、泡の中から誕生した時に
アフロディテと一緒に生み出した花とされます。
花の女王の座に君臨し、さまざまな表情を持っていることもあり
世界中でもっとも多くプレゼントに贈られる花です。
しかし19世紀頃までの薔薇は花も小さく四季咲き性もありませんでした。
近代薔薇の誕生を促す役目を担ったのは、ナポレオンの皇后ジョセフィン。
彼女はナポレオンの威光のもと、パリ郊外のマルメゾン宮殿の庭に
多くの品種を集めましたが、その中にあった中国産の「庚申薔薇」が
それまでの薔薇に四季咲き性を導入させることになります。
彼女は、園芸家たちに薔薇の品種改良を進めさせ
四季咲き中輪の薔薇「ティ・ローズ」と、四季咲き性は少ないが
大輪咲きの薔薇「ハイブリッド・パーペチュアル」を作り出させました。
やがてこの二つの系統の薔薇の特徴を生かした四季咲き性大輪の薔薇
「ラ・フランス」がフランスの育種家ギョウによって世に送り出されました。

バラの花びらは香料や薬にも使われてきました。
大変貴重なローズオイルは王侯貴族が香水として使ったり
肌の手入れのために愛用したとか。
花びらのエキスは消化を促したりのどの痛みを和らげるとして飲まれてきました。
バラの花びらにはポリフェノールが豊富に含まれます。
中でも話題の成分がオイゲニインでアレルギー症状を和らげてくれます。
一口にバラのエッセンシャルオイルといってもランクはさまざまです。
もっとも品格が高いと格付けされている「ローズオットー」は
バラの品種、原産地、抽出方法がすべて限定されており
<ブルガリア産のダマスクローズから蒸留抽出されたもの>と決められています。
季語は夏(「冬薔薇」「ふゆそうび」となると冬の季語になる)
花言葉 『愛情』『嫉妬』 あなたを尊敬します・美・温かい心・恋
薔薇にはたくさんの種類があります。
全ての花に共通の花言葉として『愛情』が有名ですが
その他、色や形、用途などによって様々な花言葉があります。
・ 赤色:『真実の愛』『熱烈な愛』『情熱』
・ 赤(つぼみ):『純粋』 『愛らしさ』
・ 白色:『あなたを尊敬します』
・ 桃色:『時の感銘』
・ 黄色:『愛の減退』 『嫉妬』
・ 花束(赤と白):『調和』
・ 一重咲きの薔薇:『淡白』
・ 結婚式の薔薇:『幸福な愛』
・ 花束(花とつぼみ):『秘密』
・ 薔薇のつぼみ:『恋の告白』
と言うように色、形によって花言葉も変わってきます。

薔薇・・・私も大好きな花のひとつですが
「完成された美」と言った感じです。
多くの貴族達が気の遠くなる程のお金と時間をかけて交配を繰り返し
現在の完璧な薔薇の花を造りあげました。
長い栽培の歴史を物語るこの花は、愛と美のシンボルとして
女性だけではなく男性の心にも強く印象づけられるのもです。
クレオパトラが、恋人アントニウスのために床に敷き詰められた花も
ナポレオンがジョセフィーヌのために床に振りまいた花びらもこの高貴な薔薇。
「八月の鯨」と言う名作の映画の中では
老女が亡き夫との結婚記念日を祝う場合の中で使われていました。
コーヒー・テーブルの上に1本の薔薇を飾り
老女はゆっくりワインを飲んでは、過ぎし日を想い出すのです。
このシーンの1本の薔薇の優しさと寂しさ.....複雑な花です。
『愛情』と『嫉妬』…永遠のテーマを内包して君臨する花なのです。
・・・様々な薔薇たちが私たちの風景を飾り立て
その中からすてきな出逢いが生まれ続けています。

日本はバラの自生地として世界的に知られており
品種改良に使用された原種のうち3種類は日本原産です。
古くはバラは「うまら」「うばら」と呼ばれ『万葉集』にも
「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」
という歌があります。
『常陸国風土記』の茨城郡条には
「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために
イバラを穴に仕掛け追い込んでイバラに身をかけさせた」とあります。
常陸国にはこの故事にちなむ茨城(うばらき)という地名があり
茨城県の県名の由来ともなっています。
このように日本人にはゆかりのある植物といえます。
江戸時代には身分を問わず園芸がはやりましたが
バラも「コウシンバラ」「モッコウバラ」などが栽培されおり
江戸時代日本の訪れたドイツ人ケンペルも
「日本でバラが栽培されている」ことを記録しています。
また与謝蕪村が「愁いつつ岡にのぼれば花いばら」の句を残しています。
バラがいまのように「花の女王」として愛好されるようになるのは明治以降で
明治維新を迎えると明治政府は「ラ・フランス」を農業試験用の植物として取り寄せ
青山官制農園(いまの東京大学農学部)で栽培させました。
馥郁とした香りを嗅ごうと見物客がしばしば訪れたので
株には金網の柵がかけられたといいます。
まだ、バラは西洋の「高嶺の花」だったのです。
その後、バラが接ぎ木で増やせることから、優秀な接ぎ木職人のいる
東京郊外や京阪神地域の郊外で栽培が行われるようになりました。
バラは華族や高級官僚といったパトロンを得て
日本でも徐々に愛好され始め生産量も増え始めました。
大正から昭和のころには一般家庭にも普及し
宮沢賢治が「グリュース・アン・テプリッツ(日本名:日光)」を愛し
北原白秋の詩にもバラが登場しています。

第二次世界大戦で日本でもバラの栽培より野菜の栽培が優先され生産が停滞。
しかし、戦後すぐの1948年には銀座でバラの展示会が開かれ
さらに1949年には横浜でバラの展示会が開かれ
そのときにはアメリカから花を空輸して展示用の花がそろえられました。
このように戦後の高度成長の波に乗り、バラは嗜好品として庶民にも普及していき
日本でも品種改良が行われるようになったのです。
また鉄道会社が沿線開発の一環としてバラ園の造営を行うようになり
各地にバラ園が開園されました。
日本ではバラは花卉としてはキク、カーネーションとならぶ生産高があり
ハウス栽培で年中市場に供給されるようになりました。
また園芸植物としてのバラは、ハイブリット・ティの花のできばえを競う
「コンテスト」などが行われています。
その一方で最近ではガーデニングの流行などでオールドローズなどが
植栽素材に再び注目を集め、多くの人に愛好されるようになりました。

〜花あしらいのポイント〜茎を長く使えば、本数が少なくても薔薇全体の美しさを引き立たせます。
ボリューム感を出したい時は、短くマスフラワーとして使うと良いでしょう。
「薔薇の印鑑入れ」
「ダイアナローズ ティーポット」 
「バラづくし詰合せ」(バラのジャムとジュース) 
「香りの薔薇」 庭を五感で楽しむ香り・その美しさ・品質・歴史・栽培・異種配合・栽培のコツなど
かぐわしい香りを持つ素晴らしいバラの50枚の写真と共に紹介。
バラ栽培のノウハウとして必要な、上手な育て方も、写真付きでアドバイス。
「はじめてのフラワーアレンジ」花あしらいの基本のテキスト。知りたかったコツがいっぱい!
初めてでも、一人でも、簡単に学べる!今日からアレンジ上手。
「小さな花あしらいと12ケ月の花の話」花瓶や鉢がなくても、部屋に花を飾って暮らしに潤いを♪
しかも簡単に花を飾る知恵ならこの本で。
暮らしのなかで好きなものはみんな花あしらいの「素」です。
季節をめぐる作者の素と季節の花をカンタンに飾るアイデア集。
和菓子を食べて家族や親しい人たちの健康と幸せを願う。

毎年6月16日は和菓子の日というのをご存じですか?
この日の由来は平安時代848年頃、当時国内に疫病が蔓延したことから
仁明天皇が元号を「嘉祥」とあらため6月16日に16の数に因んだ菓子
餅を神に供えて疫病除け、健康招福を祈った古例に始ると言われています。
その後、後嵯峨天皇(1220〜1271年)が吉例として行ったのをはじめ
室町時代には年中行事として行われるようになったことが
「武徳編年集成」その他たくさんの古書に記されています。
江戸時代になると、大切な祭りのひとつに数えられ
幕府では御目見得以上の士分に大広間で菓子を賜り
これを嘉祥頂戴と言いましたし
町方でも嘉祥喰といって、嘉定通宝16枚で菓子を求めて食す
また、米1升6合と菓子を交換して食べるなどし
疫病退散健康招福を祈願する行事として盛んに行われました。
16文で菓子を買って振る舞う、米1升6合と菓子を交換すると福がくるなど
「16」にちなんだものが縁起がよいと信じられましたが
なぜ「16」なのかははっきりしません。
一説「一六羅漢」「一六観」「一六善神」など仏教の守護神の数と言われています。
その後、室町時代には年中行事として定着し
江戸時代には幕府でも重要な行事として扱っていたようです。
供える菓子の種類はようかんだったり、まんじゅうだったりと時代で違ったようです。
この風習は残念ながら明治時代に一度途絶えてしまいましたが、
一九七九年(昭和54年)全国和菓子協会がこの故事にちなんで制定しました。
この由来を現在によみがえらせたのが「和菓子の日」です。
仁明天皇の時代、朝廷に白亀が献上されたことを祝って嘉祥と改元された
848年の6月16日群臣に16の数に因んだ食物を贈ったことに始まる…と
「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」には記してあります。
この儀式が宮中や武家の間、そして民間にも浸透していくのは
室町時代から江戸時代にかけてのこと。
特に武家の間では宋銭の嘉祥通宝の「嘉通」が「勝つ」に通じることから
嘉祥通宝16枚で菓子を求めたり、主君から下賜された嘉祥米で
菓子と交換したり、民間でも16に因んだ個数の菓子を食べたり
16文に相当する餅や菓子を食べる風習となったそうです。

現在はこの日に和菓子キャンペーンが催され嘉祥饅頭や嘉祥菓子が売り出されます。
ところで全国和菓子協会のマークをご存じですか?
和菓子屋さんの包装紙でたまに見かけることがありますが
この日に売り出されるお饅頭の頭にも同じマークが焼印されています。
下のマークがそれです。

尚、数字に因む嘉祥菓子に近い行事食として
庚申に供えた七色菓子、百味菓子、有卦の菓子があります。
ともに、江戸時代にさかんに行われたもので今は廃れています。
民間伝承に由来するこのような行事こそ、忙しいこの現代社会に
休息の時をもたらしてくれるとのではないしょうか?
1979年(昭和54年)に設定された和菓子の日(6月16日)
美しい日本の四季と歴史の中で育まれてきた民族の味『和菓子』の素晴しさと
もっと親しんでもらおうと、和菓子の製造に携わる者も
この勝れた日本の食文化を正しく隆盛に後世に伝え残すために
一層の努力を積み重ねていこう…と願って設定された日。
家族や親しい友人の健康を願って和菓子を贈り、和菓子を食べる…
心暖かい日本の習慣として育ってほしい気がします。
◆季節を味わう和菓子
都会の暮らしの中から季節が失われつつあるといわれています。
街を歩いてみると店先からも季節を感じさせてくれるものがめっきり少なくなりました。

そう言えば家並の間に季節の花を咲かせていた草木もいつの間にやら少なくなっているようです。
かつては、もっと自然の風物に恵まれ、食べ物や植物を通じて季節の移り変わりを身近に感じ
四季を味わうことに喜びを見い出していたはず。

和菓子は生活文化ともいえる四季の行事を大切にしています。
和菓子のもつ季節にはふたつの特徴があります。
ひとつは、その季節になってはじめて顔をだす和菓子の数々。
桜もち、草もち、柏もち、水羊かん…etc
これらの和菓子は季節の訪れを告げる和菓子といえます。

さらにひとつは、季節を表現する和菓子です。
和菓子という小な形の中に自然の風物を映しとって表現し
季節の移ろいに一足早く美しい装いをみせる和菓子。
上生菓子、煉り切りなど様々に季節を表現した和菓子が季節の訪れを伝えてくれます。

◆和菓子暦
日本には歴史の中で生き続けた多様な年中行事があります。
正月、節分、雛節句、端午の節句、七五三…etc
これらの行事日は日本人の生活文化の中で欠かせぬものといえますが
歴史と伝統の中で育まれた和菓子はその年中行事と深い結びつきを持っています。
喜びの日や祝いごとの日に和菓子を食べる。
これも生活にうるおいを与える日本人の知恵といえましょう。
折目節目に和菓子で年中行事を過ごしてみてはいかがですか。
●正月=年賀の和菓子
●鏡開き=お汁粉
●成人の日=祝菓子
●大寒=寒餅・元気餅
●節分=立春大福・福豆
●雛節句=菱餅・雛あられ・桜餅・道明寺
●彼岸=おはぎ・十六団子

●花祭=花まんじゅう・いただき
●端午の節句=ちまき・柏餅
●母の日=季節の和菓子
●和菓子の日=季節の和菓子
●父の日=季節の和菓子
●七夕=たなばた餅
●中元=和菓子全般
●土用=土用餅
●帰省=郷土の和菓子
●敬老の日=養老まんじゅう・季節の和菓子
●秋彼岸=おはぎ・団子
●十五夜=団子
●十月亥の日=亥の子餅
●七五三=千歳飴、祝菓子

●歳暮=和菓子全般
●餅つき=餅
「お菓子な歳時記」和洋、四季のお菓子が織りなす甘美な世界。
一年のさまざまな節目において時に主役を演じはたまた脇役に徹するお菓子。
その知られざる由来、エピソード、文化を季節ごとに綴った至福のエッセイ
「季節の実用語」知っているようで知らない、知らないようで知っている。日本語は奥の深い言語。
そんな日本語の更にディープな部分まで踏み込んだのが本書。
例えばビジネスシーン、あるいは飲み会やコンパ、ちょっとした話題のつなぎなど
知っていれば受けること間違いなしのネタの数々。

生活の中に様々な「色」が溢れています。
自然界の中にも多様な「色」が存在しています。
この世界は「色」で構成されていると考えてもいいかもしれません。
「色」は、人間の「こころ」に働きかけ
「からだ」に影響し「いのち」に繋がっています。
◆虹の色
▪ 雨上がりの虹の色の数はいくつ?
▪ 虹は何色?
色は人間の精神に深く影響しています。
当然のことですが、属している文化によって人間の精神パターンにも違いがあります。
ということは、色も文化によって違いが出てくることになります。
「虹は何色ですか?」と尋ねたらほぼ十人中十人が「七色です」と答えるのではないかと思います。
私たちは虹を七つの色だと思っています。
レインボーカラーと言えば七色、それが常識。
けれどもこれは文化が作り出したその文化内での常識であり
”絶対的事実”ではありません。
国により、文化により、虹の色数は異なるのです。
雨が止んで天に現れるのが「虹」
日本では虹に見える色は七色と云われます。
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫です。
しかし、欧米では虹は六色であると考えられています。
青と藍は同色とされるのです。
日本では”あお”と”みどり”の区別は曖昧で
時には同一視されたりしています。
青々とした葉っぱと呼ばれているものは、本当は緑色です。
もしも緑という名前が無かったら日本では青と緑は同じ色
一色として数えられ虹の色も六色になることでしょう。
更に、青と藍色の区別を付けなかったら五色になってしまいます。
この世に色は溢れていますがその全てに名前は付けられていません。
文化によっては、色を表す言葉が二つ三つしか存在していなかったりもします。
名前の無い色は、概念上、存在しません。
存在しない色は数えられないので文化によって虹は五色だったり三色だったり
時には二色だったりもするのです。
驚きは中近東です。
こちらでは、五色とされています。
緑と青と藍が一色で青とまとめられています。
もっと驚くのは、メキシコの原住民であるマヤ族
黒・白・赤・黄・青の五色に分けると言います。
これは、古代の日本や中国の色彩思想にも通ずるものがあります。
昔は日本でも緑や藍は青から分化されていませんでした。
天に見える虹は世界どこでも同じはずですが
見る側の受け取り方で感じ方も大きく変わるようです。
日本でも、古代では殆ど色の認識はされていなかったようです。
”あか”は明るく、あかあかと燃え輝く火や太陽の色。
”あお”は薄暗いぼうっとした感じ、または草木染めの色。
”しろ”は夜が白けるときの色。”くろ”は日暮のときの暗い色。
こんな曖昧な明度の差程度の認識しか、最初は無かったようなのです。
五世紀ごろに中国から五行思想とそれに対応した
青・赤・黄・白・黒の五色が伝わり
色の区別が明確に認識されるようになったとか。
また、その文化によって尊い・神秘的とされる数に合わせて
色数を設定したこともあるようです。
基本的に、古くは東アジアでは五色
西欧では三色とするのが普遍的だったらしいですが
それは五行思想や三位一体思想からの発想だったろうと言われます。
しかし一方で、現代でも単に明(赤)と暗(緑〜黒)の
二色としている民族もかなり多いようです。
では、現在日本や西欧で七色とされることが多いのは何故なのでしょう?
まずは、イギリスの科学者・ニュートンが太陽光をプリズムで
虹色の帯に分解したとき、聖数七(音階など)にちなんで
それを七色に数えたということが始まりのようです。
このために、イギリスやアメリカの学術分野では
虹を七色と定義するようになり
そして日本でも恐らくはそれを受け、明治八年発行の教科書
『小学色図解』で「太陽の光は七色」と書かれたことから
虹を七色とする認識が一般に広まったのだとか。
日本は四季とそれによって様々な色をみせる自然に恵まれています。
山や木々、花、河や海、空、風などの微妙な変化が
私たちの色に対する感受性を育ててくれたのです。
また色や自然に興味が沸いてくるともっと微妙な変化にも気づいてきます。
虹色が何色にも感じられたりするのかもしれません。
自然の色ほど微細なものはないのではないでしょうか…

◆みどり色の空
▪ みどり色の空を見たことありますか?
空色といえば「青色」ですが、自然は本当に多様で
同じ空にも様々な色を見せてくれます。
朝日が昇る直前は空も燃えるように真っ赤。
夕日が落ちるころには泣けるような橙色。
太陽が丸々現れると神々しい黄金色。
空は晴れていると普段は抜けるように青い。
太陽光が薄らいでくると、切ない藍色。
陽が地平線から見えなくなって暫く経つと神秘的な紫色。
でも「緑色」の空を見た記憶があまりありません・・・
皆さんもちょっと思い返してみてください。
【ケース1】 太陽残像現象
眩しい太陽を暫く直視し(目がチカチカしますが・・・)
太陽のあるところ以外に目をやると、ぼんやりと淡緑の光が見えます。
これは太陽に限らず、マゼンダ(赤紫)のものを見ると同様の効果が得られます。
私たちの脳が目に入ってくる色とは補色のカラーを作り出しているからですね。
ということは、太陽は実はマゼンダということ・・・?!
【ケース2】 彩雲(さいうん)現象
非常に縁起がいい雲で、サーモンピンクや淡いブルー、薄紫、レモン色と
所々に朱金色がきらきらと光る雲です。
このパステルカラーの雲の中にペパーミントグリーンも見えるそうです。
地方によっては『錦雲(にしきぐも)』とも呼ばれ
朝日や夕日に彩られた雲とは全く違うそうです。
まるで、天使か天女の神々しい舞を見ているようだそうです。
見てみたいものです・・・
【ケース3】 虹
虹の中にもグリーンが見えますよね。
【ケース4】 細い緑の幅
夕日が地平線に落ちてから暮れ切ってしまうまでのしばらくの間
「橙色から薄紫色,藍色,濃紺色にかけて」の間に時として一部分
空が一筋くらい緑色に見えるような時があるそうです。
橙や紫に較べるとかなり細い幅の色なので見分けが付けにくいかも。
空気が澄んでいる時季、特に雪の降らない地方の方なら
晩秋から初春にかけての冬の夕空はおススメだそうです。
晴れた日にじっくり空を眺めてみるものいいものかもしれません。
空に限らず、自然には本当に様々な色が存在していますが
案外、見過ごしているものも多いようです。
時間に余裕があるときは、じっくりと自然の彩を感じてみるのも
好い癒しに繋がるかもしれません。
自然界の色って本当に不思議…

◆禁色ってなに?!
▪ 使うことを禁じられた「色」
現在の日本では、「禁色(きんじき)」という風習はなくなりました。
「禁色」とは、文字のごとく使用することを禁じられる色のことです。
ただ、安全性や公共性を重視する場合は色を規制することもあります。
例えば、道路や海上・空中の交通時に必要な灯火や標識の色など。
こういった行政による規制以外には、表現の自由というお墨付きで
街には様々な色を楽しむことができます。
しかし古代から近代まで色で身分や役職を区(差)別していました。
支子(くちなし)・深蘇芳・深緋・深紫など、濃い赤か紫などが禁色とされました。
これは、色そのものが高貴であるという側面以外に
それらを染め上げるのに、経済的にも高価であったからでしょう。
ただ、紅や紫でも色の薄いものは庶民でも使用できるようでした。
これらを「聴色(ゆるしいろ)」と言います。
桃色など下人の色と言われる位ですから、今で云うところのピンク系の色は
庶民が自分たちで生み出した庶民の色と言えます。
「禁色」という制度そのものの善し悪しは兎も角、その文化のお陰で
繊細で微妙な日本の古代色が生み出されたのではないでしょか。
今の日本では古来からの古代色から欧米の伝統色
最近開発された色など多彩な色合いで暮らすころが出来ます。
これらの色を巧く活用したいものです。

◆カラーの生活術 〜色を駆使して生活に彩を〜
▪ 生活に役立つ「色」あれこれ
※風邪などで汗をかく場合には綿などの自然素材の白色の下着が有効。
これらを着用して一晩眠ると、汗をしっかり吸収してくれます。
※寝室では薄い青や緑を基調としたコーディネートが睡眠を誘います。
濃すぎると重たくなってしまいますので、あくまでも淡い色合いで。
※勉強部屋には落ち着くグリーンを。
特にペパーミントグリーンは頭脳にバランスの良い刺激を与えるので
集中力が保ちやすくなります。
※玄関には赤や橙などをポイントカラーとして使うと
疲れて帰ってきても元気を取り戻してくれます。
但し、あまり分量が多すぎると逆効果なのであくまでポイントカラーとして。
もちろん、帰ってきて目に入るところに使ってください
※山登りでは黄色の服は避けたほうが無難でしょう。
確かに目立つ色ではありますが、虫が黄色の服に寄ってきます。
また、黒ぽい服も蜂が熊と勘違いするのか、近づいてきます。
※食卓にはオレンジ色や黄色・明るいベージュなどの色を使って
「食欲」を高めましょう。 しかしはっきりした色合いのものは
ポイントカラーとして使ってください。
色を上手く活用してより豊かな生活を…
「Wa和・環・輪・話・倭・我」和…美濃焼の9スタイル。
環…どんぶりの歴史・どんぶり百選・どんぶり百膳。
輪…お米とお酒・とっくり・盃・そば・すり鉢。
話…和菓子とお茶。倭…五節句一節会。我…和風暦と日本の色。
テーブル&フード&花コーディネーターである著者が
“Wa”へのこだわりと思いを集め六つの“Wa”で構成。
日本の良き伝統とこれからを考えるTEXT BOOK。
「日本の色を染める」紅花で艶やかな赤を染め、紫根から深い紫を取り出す。
色を重ね、その微妙な変化を楽しむ。
日本の色と衣と染の歴史。
*
→


















