
◆文月(ふみづき・ふづき)
牽牛・織女に詩歌の文を供え祭る七夕の行事にちなんで「文月」という説。
七月は、七夕で歌を書いて文を添える「文披月(ふみひらきつき)」から。
短冊に歌や字を書き、書道の上達を祈った七夕の行事に因み
「文披月(ふみひらきづき)」が転じたとする説が有力とされる。
『万葉集』で7月をフミツキと訓(よ)ませている。
その他、陰暦七月が稲穂が膨らむ月であるため
「穂含月(ほふみづき)」「含月(ふくみづき)」からの転とする説。
稲穂の膨らみを見る月であるため「穂見月(ほみづき)」からの転とする説もある。
七夕の日に書物を夜気にさらす行事
中国の7月7日に書物の虫干しをする習慣が日本に伝わり「文書ひらく月」という説もある。
■異称
相月 (あいづき)
秋初月 (あきそめつき)
女郎花月 (おみなえしつき)
七夕月 (たなばたつき)
親月 (ふづき)
文披月 (ふみひらづき)
書披月 (ふみひろげづき)
愛合月 (めであいづき)
新秋 (しんしゅう)
初秋 (はつあき・しょしゅう)
孟秋 (もうしゅう)
涼月 (りょうげつ)
蘭月・七夜月・多草月・穂見月
稲の穂が脹らむ季節だから「穂ふくらむ月」
穂がよく見えるようになるから「穂見月」
■季語 季節の言葉
梅雨明け・青田・雲の峰・虹・お花畠・打ち水・登山・夏果・朝曇り・片陰・百合
海開き・盛夏・猛暑・真夏日・油照り・入道雲・夕立ち・蚊遣り・土用干し
夏空・朝露・山開き・川開き・雷・夕涼み

◆ 食
日本の食文化は米を主食にして、豆・魚・海草・野菜などを
たっぷり取り入れた食事が特徴で
究極の長寿食として世界中の人々に注目されています。
日本の食文化は古来より大陸から伝わった食文化に
日本の気候風土を取り入れた先人達の智恵によって作られたものです。
また、日本の四季と料理にも深い関係があります。
とりわけ、その季節だけに採れる食材を「旬」のものとして調理する技術が発達し
季節ごとの料理を楽しむ事ができます。
そして日本料理は味だけではなく、見た目の美しさも大切にしています。
それはそれぞれに意味を成した盛り付け、それを引き立てる食器など
それぞれの「職人」によって作られた技術の集大成という事ができます。
食 (1)
「米」 「おにぎり」 「日本酒」 「餅」 「寿司」
※特徴、起源・歴史、製法・調理法・種類という内容でご紹介。
■オススメウェブサイト
『日本の食文化の歴史』
http://contest.thinkquest.jp/tqj1998/10048/
■オススメブックス
「はじめての和食」
和食の知識と基本レシピが確実にマスターできる和食の知識
日本食の知識とレシピが身につく一冊です。
「ル・クルーゼ」で、おいしい和食
フランス生まれのホウロウ鍋「ココット・ロンド」でつくる定番和食の数々。
だしなし、水もなしの肉じゃが、ふろふきかぶら柚子こしょう味噌、鍋蒸しなす
レンズ豆のぜんざい、ミルクわらびもち…。
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「ガンにならないゾ!宣言〈PART2〉」
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ガンを防ぐ驚きの効用を持つ「和」の食材の「薬効」を解説した本。

衣食住の「衣」から
今回は夏の和服 「浴衣」 「甚兵衛」 と 「産着」 について。
「衣」
読み方:ころも
同義語:着物
日本の代表的な民族衣装である「着物」
着物の歴史をさかのぼると、縄文時代の貫頭衣〔かんとうい〕にまで辿り着きます。
飛鳥時代の唐文化の影響、平安時代の鮮やかな十二単。
日本の歴史のなかで、着物文化は私達と切り離す事ができません。
現在一般的に「きもの」と呼ばれているものは和服の中の「長着〔ながぎ〕」にあたります。
長着の仕立てには、裏の付いた袷〔あわせ〕仕立てと
裏の付いてない単〔ひとえ〕仕立てに大別され季節やTPOによって着分けます。
日本の民族衣装である着物ですが、洋服の一般化によって着用する機会が減少していました。
しかし最近ではアンティーク着物や和柄の流行により若い世代にも人気です。
これからの新たなきもの文化に昔ながらの伝統的な作法を織り交ぜ
今後も日本の美しいきもの文化は発展していく事でしょう。
着物の種類は「織り」と「染め」の2種類に分けられます。
織りの着物とは初めに糸を染めておき、後から織り上げた着物のことをいいます。
染めの着物とは、白い生地を織り上げ、後から布地に模様を手描きしたり
色で染めたりする着物のことをいいます。
絣や紬などは織りの着物に分類され、振袖や訪問着などは染めの着物に分けられます。
織りの着物は表と裏地が同じ繊維なので、表の色が薄れてきても、裏返しにすると
また新しい着物のように着ることができます。
染めの着物の場合も、再び染め直すことでまた新しい着物として生まれ変わります。
古くなってもすぐには捨てず、また新しく生まれ変わらせる。
着物からは日本人の物を大切にする心が伝わってきます。
■オススメウェブサイト
きもの日本---kimononippon---
着物のポータルサイトです。
http://www.kimono.co.jp/wasou/01/01_top.html
omogatari
着物でおでかけレポートや写真が充実たサイトです。
www12.ocn.ne.jp/~omo/
京都の着物総合情報サイト
着物に似合う髪形や着用時の作法まで詳しく紹介されています。
www.kimono-kyoto.com/
金澤撫子塾
有名旅館の女将達から和を学ぶサイトです。
www.kanazawa-nadeshiko.com/index.html
京友禅の老舗 千總
京友禅の老舗「千總〔ちそう〕」のHPです。
雅やかな京友禅を紹介した「京友禅図鑑」があります。
http://www.chiso.co.jp/top.html
全日本きもの研究会
着物に関するエッセイや情報が満載です。
http://www.ykya.co.jp/index.htm
■オススメブックス
「はじめての私の着物」
河村一子 河出書房新社 2003
「着物を着てみたい、でも、どうしたら?」と思っている
すべての超初心者におすすめの着物入門書です。
「着物は楽しい」
大橋歩 文化出版局 1994
着物を着たいけれど、どうすればいいのかわからない人のために
イラストをたくさん交ぜて大橋流の楽しみ方を紹介しています。

◆ 浴衣 ◆
読み方:ゆかた
浴衣は夏に着る最もラフな着物で、元々は湯上りに着る室内着でした。
しかし最近は浴衣の柄や素材の変化により、夏になるとお祭りや花火大会など
内外問わず浴衣を見かけるようになりました。
また、普通の着物より簡単に着付けでき、価格も手頃なことから
特に若い世代や外国人に人気の夏の定番着物です。
※若い世代に人気
浴衣は安価で着付けも簡単なため日本人に最も受け入れられており
子供からお年寄りまで幅広い人気です。
浴衣は元々湯上りに着用していた着物なので、涼し気に見えるよう
白地や藍地、紺地に秋の草花を染めた柄が一般的です。
しかし現在では和服ブームに伴い10代から20代対象の洋服ブランドも
こぞって浴衣を製作・販売し始め
原色ベースのカラフルなプリントを施したものも多く出回っています。
昔からある白地や紺地に古典模様の浴衣は「古典的」
今風の鮮やかな彩りの浴衣は「ブランド浴衣」と言われます。
※銭湯の普及とともに
浴衣の起源は平安時代、貴族が蒸し風呂に入るとき、水蒸気でやけどしないように着た
「湯帷子〔ゆかたびら〕」がはじまりとされています。
帷子〔かたびら〕とは麻の着物のことです。
その時代、綿は高級品とされたため、装束の下着となる薄い着物は麻で作られていました。
江戸時代後期になって、綿の生産量が高まり庶民に普及するとともに
湯帷子の生地も麻から綿に変わりました。
また、銭湯の普及にともない着用の場が増えたため、略されて「ゆかた」と呼ぶようになりました。
現在では風呂上がりだけではなく夏に着る着物として定着しています。
※夏の知恵
普通の着物で付けるような長襦袢などは基本的につけません。
しかし麻の浴衣など透けやすい素材で作られている浴衣はつけた方がほうが良いでしょう。
また、染め方により格のある浴衣も存在します。
そのような浴衣で外出する際は、着物と同じように
下着や衿元を重ねた装いにする必要があります。
浴衣には暑い日本の夏を快適に過ごす工夫が凝らされています。
例えば、古典的な浴衣には、紺地と白地が多く見られます。
白地の浴衣は昼用で、家の中で着ると真夏でも涼しく過ごせます。
紺地の浴衣の場合、紺色に染めるために使われている「藍」の香りを虫が嫌うことから
虫の多く出る夕方から夜にかけて着用するのが良いとされています。
浴衣には暑い夏を快適に過ごすための日本人の生活の知恵が染み込んでいます。
■オススメウェブサイト
ゆかた情報誌:ゆかたりずむ浴衣の総合情報サイトです。
http://yukatalism.com/
浴衣、花火…[浴衣姿でレディな夏]
浴衣に関するQ&Aや簡単な着付けなどを紹介しています。
http://allabout.co.jp/L/20020704/s/
浴衣、竺仙…[大人の浴衣を誂える]
30代からの浴衣、浴衣の誂え方などが掲載されています。
http://allabout.co.jp/L/s/040602/?FM=ltop
浴衣:竺仙
浴衣や江戸小紋の老舗です。
http://www.chikusen.co.jp/
ゆかた通ホームページへようこそ!
浴衣の着こなしや歴史、写真コンテストなどを掲載した浴衣の総合情報サイトです。
http://www.yukata-too.com/
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◆ 甚兵衛 ◆
読み方:じんべえ
同義語:甚平〔じんべい〕
[男性用]
甚兵衛は夏の室内着で、女性の浴衣と同じく湯上りに着る和服です。
上衣と下衣に分かれており、上衣は帯を締めず左右の紐でとめる仕立てになっているので
誰でも簡単に着ることができます。男性用の簡易着物と言えます。
※夏に涼しく
甚兵衛は浴衣のような扱いのため、夏に涼しく快適に過ごせるような工夫が施されています。
浴衣のように夏の湯上り着・室内着とされているので、布地は薄いものを使用しています。
また甚兵衛と似た形の作務衣〔さむえ〕は長袖・長裾であるのに対し
甚兵衛は半袖で膝上丈です。袖や裾の絞りは一切ありません。
※兵士の陣羽織
甚兵衛は戦国時代の陣羽織が元になったと言われます。
陣羽織とは戦の際に羽織る袖なしの羽織です。
陣羽織は武士や、農民である兵士が胴着などの上に着用していました。
武士の陣羽織は革や厚い布地で作られていましたが
兵士の陣羽織は、すばやく動けるように木綿などで作られており
"兵士の陣羽織"と言う意味で「陣兵羽織」と呼ばれました。
その後羽織が民間にも広まり、陣兵羽織をもじって「甚平羽織」に
更に羽織を省略して「甚平」になったようです。
※内から外へ
甚兵衛は家の中で着るものとして作られているため普通外出の際には着用しません。
家でくつろぐための衣服(いわばパジャマのような和服)です。
しかし現在では夏になるとお祭りや街中で
甚兵衛を着た若い男性をよく見かけるようになりました。
甚兵衛自体様々な柄が作られるようになり徐々に外出着としての機能を備えてきています。
■オススメウェブサイト
お祭りには甚平で遊びに行こう[子供服・ベビー服]
子供服としての甚平の素材や特徴を紹介しています。
http://allabout.co.jp/children/kidsfashion/closeup/CU20030701A/
浴衣&甚平
浴衣と甚平の洗い方・たたみ方が紹介されています。
http://www.kao.co.jp/house/040802/htw/yuk.html
陣羽織(じんばおり)
昔の陣羽織を画像付きで紹介しているサイトです。
http://www.shirakawa.ne.jp/~rekimin/siri2/jin.htm
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もっともっと着こなし上手になりたい貴男へ。
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和の衣服を手軽にふだん着として楽しむため
浴衣、甚平、作務衣の縫い方を紹介しています。

◆ 産着 ◆
読み方:うぶぎ
同義語:産衣
[子供用]
産着は赤ちゃんが生まれて初めて袖を通す伝統的な着物です。
生まれて数日後にくるまれる麻素材の産着の他に
生まれて約1ヶ月後のお宮参り(初宮参り)で着用する
七五三着物のような華やかな産着(初着)〔うぶぎ〕の2種類があります。
産着には赤ちゃんが健やかに育つようにとの願いがこもっています。
※初めての着物
赤ちゃんが生まれた直後に初めて袖を通す服はガーゼで作られた産着です。
それから2〜3日経つと、麻で作られた産着に変わります。
麻の産着には、麻の葉を図案化した正六角形の模様(左の画像)が描かれています。
麻はすくすくと真っすぐに伸びることから
赤ちゃんの成長を願う意味をこめて描かれています。
また、誕生から約1ヶ月後に「お宮参り」と言って
赤ちゃんが生まれた事を神様に報告する儀式があります。
この時に着る(かける)華やかな着物も産着(初着)と呼ばれます。
女の子なら赤の着物、男の子なら青か黄色の着物が一般的です。
女の子は手毬〔てまり〕や小鼓〔こづつみ〕などの可愛らしく縁起の良い模様が多く
男の子では兜〔かぶと〕や鷹〔たか〕のような凛々しい模様が多いようです。
また、お宮参りでの産着は七五三の着物のように振袖のついた仕立てになっています。
※子の成長を願う
産着の習慣が広まったのは江戸時代頃と言われています。
麻素材の産着は、赤ちゃんの成長を願うという意味以外に
麻の香りが虫除けになるという一面を持っています。
また産着に刺繍されている麻の葉模様は、災いを防ぐお守りとされており
昔は生まれて来る子供のために母親が一針一針刺繍を入れていました。
現在では刺繍からプリントへと変化しましたが
様式は変わっても子供を思いやる親の心は変わらず
日本独自の伝統がいまだ受け継がれています。
※晴れ着としての産着
お宮参りで晴れ着として着る産着(初着)は、赤青黄色などの華やかなものが良いとされています。
産着といってもまだ生後1ヶ月程度の赤ちゃんに帯びを締めるなどして
きちんと着付けることは難しいため、赤ちゃんにはガーゼの長襦袢
(着物の際に着る下着のようなもの)を着せ
母親(*)が抱いた状態で上から産着をかける形になります。
(*) お宮参りでは父方の祖母が赤ちゃんを抱いてお参りするという伝統があります。
しかし現在では、母親と赤ちゃんの関係を第一に考え
母親が抱いてお参りすることが一般的になりつつあります。
■オススメウェブサイト
[妊娠・出産・育児]babycom/ベビーコム
妊娠から出産まで様々な情報を提供しているサイト。
産着の知識も掲載されています。
http://www.babycom.gr.jp/care/c1.html
絹の産着[和]
絹の産着を製造販売されている会社のサイトです。
産着についての知識も豊富です。
http://www.h3.dion.ne.jp/~shinwa_k/index.html
【三島市】〜魔よけの模様〜「麻の葉模様」
静岡県三島市のホームページ内で、麻と日本文化の関係について書かれたページです。
http://www.city.mishima.shizuoka.jp/kiji1.asp?id=1633
ゴーゴー育児 ドットコム
ミキハウスが提供する育児専門サイトです。
http://www.55192.com/
■ オススメブックス
新選子どものグッズ
村上睦子 柴田篤美 フレーベル館 1986
産着からランドセルまで、子どものためのモノ選びのコツを完全収録!
無駄を省き、かしこい消費者になるための本です。
「これで納得子どものお祝い」
子どもの行事・孫の祭事
お祝いごとの由来、お祝いを贈る時期やお返し、表書きなど押さえておきたいポイント。
出産から初誕生までのお祝いごと
(お七夜/命名/出産のお祝い/内祝い/お宮参り/お食い初め/初節句のお祝い/初誕生のお祝い)
小学校入学までのお祝いごと
(七五三のお祝い/入園・卒園のお祝い/小学校入学のお祝い/誕生日のお祝い)
「苧麻・絹・木綿の社会史」
日本人の三大衣料原料であった苧麻・絹・木綿。三本の糸を手繰りながら
これまで見えなかった民衆の生活史・社会史像を探ります。
「LUNCOのオモシロ着物柄Marble books」
永田欄子 マーブルトロン 2004
古布に魅せらて25年のLUNCOさんによるはぎれと着物
そのオモシロ柄の世界を紹介した本です。
「手縫いの赤ちゃん服&小物」

手ぬぐいで作る産着、甚平、腹がけなど・・
手縫いの基礎、写真解説で分かりやすく説明。

夏至(げし)は二十四節気の1つで、一年で最も昼の時間が長くなる日です。
それは、太陽が最も北(北回帰線の真上)に来るために起こる現象です。
しかし実際は夏至は梅雨の真っ只中なので日照時間は冬よりも短いことが多いようです。
6月21日頃。およびこの日から小暑までの期間。
太陽黄経が90度のときで、日本の大部分では梅雨のさなか。
北半球では一年中で一番昼が長く夜が短い日。旧暦五月中。
『暦便覧』には「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり」と記されている。
また、日本と違って暗く長い冬が続く北欧では
この日は特別の喜びを持って迎えられ各国で盛大に夏至祭が行われます。
『夏至今日と思ひつつ書を閉ぢにけり』(高浜虚子)
太陽が最も高く昇り、昼が一番長く、夜が一番短くなる。
冬至から半年後、太陽が黄経90度に達し
昼が1番長く夜は1番短くなる夏至の日から
16日間が二十四節季の夏至の期間である。
本州では昼の時間と夜の時間の割合がほぼ2対1になるが
北海道など北に行くにしたがって、昼の割合が大きくなる。
そして北極圏に近づくと、太陽は1日中沈まない。
幸か不幸かこの季節は梅雨のまっ最中で、昼の実感が味わえない。
北欧の人達のように夏至のお祭りを楽しむ風習がないのはそのためだが
おかげで気温の上昇がおさえられている。
そして、恵みの雨に草や木が緑を深くして行く。
夏至の期間の七十二候は以下の通り。
[初候]
乃東枯(ないとう かるる)(なつかれぐさかるる) : 夏枯草が枯れる
夏枯草(かごそう)とも呼ばれる冬に咲いてこの頃枯れるという。
鹿角解(しかの つの おつ) : 鹿が角を落とす季節(中国)
[次候]
菖蒲華(しょうぶ はなさく) : あやめの花が咲く
(あやめはなさく) 水辺を色どるあやめが夏の到来を知らせてくれる。
蜩始鳴(せみ はじめて なく) : 蝉が鳴き始める(中国)
[末候]
半夏生(はんげ しょうず) : 苗が生える季節でかなり暑さを感じる季節
烏柄杓が生える(日本・中国)
からすびしやくが咲く。
また、この頃葉が白くなるはんげしょうという草もある。
田植もすっかり終る。離節の半夏生は7月2日である。

◆一年で一番昼の時間が長い日
夏至とは、この日を過ぎると本格的な夏が始まるという意味です。
冬至にかぼちゃを食べるようにこの日も何かを食べる習慣がありますが
何を食べるかは地方によってまちまちです。
例えば関西地方では、タコの八本足のように
イネが深く根を張ることを祈願してタコを食べます。
◆太陽の化身「天照大身神」
古来、天照大神(あまてらすおおみかみ)は太陽の化身と位置づけされていました。
日本各地にある古代遺跡や書籍などからその信仰を垣間見ることが出来ます。
「夏至」という言葉が入って来たのは、中世になって
中国から二十四節気が入ってきてからのようです。
その後、各地で太陽の生命力を得るために
夏至の日を祝うお祭りが開催されるようになりました。
2003年から、夏至の日は昼の時間が長いので
「電気を消してスローな夜を」というタイトルで
節電を呼びかけるイベントが行われています。
◆三重県二見浦の夏至祭
三重県二見浦〔ふたみうら〕には、夏至の時期だけ夫婦岩の間から朝日が昇ります。
これは夏至の日の前後2ヶ月しか見られない特別な光景です。
そして、この海中には興玉神石(沖の石)があり、昔からその沖の石は
常世の国から神が寄りつく聖なるところといわれてきました。
そして、夫婦岩はその鳥居〔とりい〕と見なされていました。
また二見浦では毎年「夏至祭」が行われます。
白装束に身を包んだ300人近くの善男善女が、天照大神を迎えるために
祝詞〔のりと〕を唱え気合いを入れつつ海に入り
朝日が昇ろうとする夫婦岩に向けて歩いていきます。
そして朝日に向かって国歌を合唱をするそうです。
○二見浦旅館組合公式ホームページ
伊勢の二見浦の夫婦岩は夏至の日にだけ、岩と岩の間から朝日が昇ります。
その詳細を書いているサイトです。
http://www2.mie-net.ne.jp/yado23/
○100万人のキャンドルナイト
夏至と冬至の日に電気を消して節電をする
「100万人のキャンドルナイト」の公式サイトです。
http://www.candle-night.org/
○知って得する豆知識
カゴメの提供する日常の豆知識のコーナーです。夏至が紹介されています。
http://www.tomato-ks.com/topics/mamechishiki/vol_04_p01.html
「つきづきの彩り」旧暦二十四節気に見る日本の美しい風景
人や自然に拘わらずどのような存在に対しても相手を気づかう
人間の側が一歩引いて対処する気持が大切。
立春、雨水、啓蟄などの旧暦二十四節気に季節を区切り
それに相応しい季語などを添えた写真集。

「えこよみ」 二十四節気や七十二候を通じて四季の移ろいや身近な自然を感じる絵本。
古くから伝わる季節の言葉と美しいイラストに新暦のカレンダー。
日々の暮らしの中に小さな自然の変化を見つけたらこの本を開いてみて下さい。
あなたの生活と自然が実はとても近くにあることに気がつくかもしれません。

かぐわしい香りや優美な姿。
バラはいつの時代も見るものを魅了します。
観賞用に品種改良されたものを含めて二万ほどの種類があり
四季を通して楽しめるバラがたくさんありますが
ダマスクローズなどの古代薔薇は5月から6月にかけて花を咲かせます。
優雅で甘い香りのバラは女性の大好きな香り。
数あるバラの中でもブルガリア産のダマスクローズは非常に香りが高く
「ダマスローズなくして香水の名品は生まれない」といわれるほど。
その香りは専門家によると「透き通るような華やかで強い甘さの中に
ラズベリーやピーチの様なフルーティーな香り。
そして若干のスパイシーな香りを含む」と表されます。
世界3大美女に数えられるクレオパトラもバラを愛したひとり。
恋人を宮殿に迎える際、床一面に花びらを敷き詰めてもてなしました。
ボッティチェリの名画『ヴィーナスの誕生』
シェイクスピアの詩や劇をはじめ、多くの芸術作品にもバラが登場します。
それほどこよなく愛されている花なのです。
古くはバビロン王朝宮廷にも薔薇は咲きほこっていたといわれています。
ギリシャ時代の神話にも薔薇の花が出てきます。
ギリシャ神話の美と愛の女神アフロディテが、泡の中から誕生した時に
アフロディテと一緒に生み出した花とされます。
花の女王の座に君臨し、さまざまな表情を持っていることもあり
世界中でもっとも多くプレゼントに贈られる花です。
しかし19世紀頃までの薔薇は花も小さく四季咲き性もありませんでした。
近代薔薇の誕生を促す役目を担ったのは、ナポレオンの皇后ジョセフィン。
彼女はナポレオンの威光のもと、パリ郊外のマルメゾン宮殿の庭に
多くの品種を集めましたが、その中にあった中国産の「庚申薔薇」が
それまでの薔薇に四季咲き性を導入させることになります。
彼女は、園芸家たちに薔薇の品種改良を進めさせ
四季咲き中輪の薔薇「ティ・ローズ」と、四季咲き性は少ないが
大輪咲きの薔薇「ハイブリッド・パーペチュアル」を作り出させました。
やがてこの二つの系統の薔薇の特徴を生かした四季咲き性大輪の薔薇
「ラ・フランス」がフランスの育種家ギョウによって世に送り出されました。

バラの花びらは香料や薬にも使われてきました。
大変貴重なローズオイルは王侯貴族が香水として使ったり
肌の手入れのために愛用したとか。
花びらのエキスは消化を促したりのどの痛みを和らげるとして飲まれてきました。
バラの花びらにはポリフェノールが豊富に含まれます。
中でも話題の成分がオイゲニインでアレルギー症状を和らげてくれます。
一口にバラのエッセンシャルオイルといってもランクはさまざまです。
もっとも品格が高いと格付けされている「ローズオットー」は
バラの品種、原産地、抽出方法がすべて限定されており
<ブルガリア産のダマスクローズから蒸留抽出されたもの>と決められています。
季語は夏(「冬薔薇」「ふゆそうび」となると冬の季語になる)
花言葉 『愛情』『嫉妬』 あなたを尊敬します・美・温かい心・恋
薔薇にはたくさんの種類があります。
全ての花に共通の花言葉として『愛情』が有名ですが
その他、色や形、用途などによって様々な花言葉があります。
・ 赤色:『真実の愛』『熱烈な愛』『情熱』
・ 赤(つぼみ):『純粋』 『愛らしさ』
・ 白色:『あなたを尊敬します』
・ 桃色:『時の感銘』
・ 黄色:『愛の減退』 『嫉妬』
・ 花束(赤と白):『調和』
・ 一重咲きの薔薇:『淡白』
・ 結婚式の薔薇:『幸福な愛』
・ 花束(花とつぼみ):『秘密』
・ 薔薇のつぼみ:『恋の告白』
と言うように色、形によって花言葉も変わってきます。

薔薇・・・私も大好きな花のひとつですが
「完成された美」と言った感じです。
多くの貴族達が気の遠くなる程のお金と時間をかけて交配を繰り返し
現在の完璧な薔薇の花を造りあげました。
長い栽培の歴史を物語るこの花は、愛と美のシンボルとして
女性だけではなく男性の心にも強く印象づけられるのもです。
クレオパトラが、恋人アントニウスのために床に敷き詰められた花も
ナポレオンがジョセフィーヌのために床に振りまいた花びらもこの高貴な薔薇。
「八月の鯨」と言う名作の映画の中では
老女が亡き夫との結婚記念日を祝う場合の中で使われていました。
コーヒー・テーブルの上に1本の薔薇を飾り
老女はゆっくりワインを飲んでは、過ぎし日を想い出すのです。
このシーンの1本の薔薇の優しさと寂しさ.....複雑な花です。
『愛情』と『嫉妬』…永遠のテーマを内包して君臨する花なのです。
・・・様々な薔薇たちが私たちの風景を飾り立て
その中からすてきな出逢いが生まれ続けています。

日本はバラの自生地として世界的に知られており
品種改良に使用された原種のうち3種類は日本原産です。
古くはバラは「うまら」「うばら」と呼ばれ『万葉集』にも
「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」
という歌があります。
『常陸国風土記』の茨城郡条には
「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために
イバラを穴に仕掛け追い込んでイバラに身をかけさせた」とあります。
常陸国にはこの故事にちなむ茨城(うばらき)という地名があり
茨城県の県名の由来ともなっています。
このように日本人にはゆかりのある植物といえます。
江戸時代には身分を問わず園芸がはやりましたが
バラも「コウシンバラ」「モッコウバラ」などが栽培されおり
江戸時代日本の訪れたドイツ人ケンペルも
「日本でバラが栽培されている」ことを記録しています。
また与謝蕪村が「愁いつつ岡にのぼれば花いばら」の句を残しています。
バラがいまのように「花の女王」として愛好されるようになるのは明治以降で
明治維新を迎えると明治政府は「ラ・フランス」を農業試験用の植物として取り寄せ
青山官制農園(いまの東京大学農学部)で栽培させました。
馥郁とした香りを嗅ごうと見物客がしばしば訪れたので
株には金網の柵がかけられたといいます。
まだ、バラは西洋の「高嶺の花」だったのです。
その後、バラが接ぎ木で増やせることから、優秀な接ぎ木職人のいる
東京郊外や京阪神地域の郊外で栽培が行われるようになりました。
バラは華族や高級官僚といったパトロンを得て
日本でも徐々に愛好され始め生産量も増え始めました。
大正から昭和のころには一般家庭にも普及し
宮沢賢治が「グリュース・アン・テプリッツ(日本名:日光)」を愛し
北原白秋の詩にもバラが登場しています。

第二次世界大戦で日本でもバラの栽培より野菜の栽培が優先され生産が停滞。
しかし、戦後すぐの1948年には銀座でバラの展示会が開かれ
さらに1949年には横浜でバラの展示会が開かれ
そのときにはアメリカから花を空輸して展示用の花がそろえられました。
このように戦後の高度成長の波に乗り、バラは嗜好品として庶民にも普及していき
日本でも品種改良が行われるようになったのです。
また鉄道会社が沿線開発の一環としてバラ園の造営を行うようになり
各地にバラ園が開園されました。
日本ではバラは花卉としてはキク、カーネーションとならぶ生産高があり
ハウス栽培で年中市場に供給されるようになりました。
また園芸植物としてのバラは、ハイブリット・ティの花のできばえを競う
「コンテスト」などが行われています。
その一方で最近ではガーデニングの流行などでオールドローズなどが
植栽素材に再び注目を集め、多くの人に愛好されるようになりました。

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毎年6月16日は和菓子の日というのをご存じですか?
この日の由来は平安時代848年頃、当時国内に疫病が蔓延したことから
仁明天皇が元号を「嘉祥」とあらため6月16日に16の数に因んだ菓子
餅を神に供えて疫病除け、健康招福を祈った古例に始ると言われています。
その後、後嵯峨天皇(1220〜1271年)が吉例として行ったのをはじめ
室町時代には年中行事として行われるようになったことが
「武徳編年集成」その他たくさんの古書に記されています。
江戸時代になると、大切な祭りのひとつに数えられ
幕府では御目見得以上の士分に大広間で菓子を賜り
これを嘉祥頂戴と言いましたし
町方でも嘉祥喰といって、嘉定通宝16枚で菓子を求めて食す
また、米1升6合と菓子を交換して食べるなどし
疫病退散健康招福を祈願する行事として盛んに行われました。
16文で菓子を買って振る舞う、米1升6合と菓子を交換すると福がくるなど
「16」にちなんだものが縁起がよいと信じられましたが
なぜ「16」なのかははっきりしません。
一説「一六羅漢」「一六観」「一六善神」など仏教の守護神の数と言われています。
その後、室町時代には年中行事として定着し
江戸時代には幕府でも重要な行事として扱っていたようです。
供える菓子の種類はようかんだったり、まんじゅうだったりと時代で違ったようです。
この風習は残念ながら明治時代に一度途絶えてしまいましたが、
一九七九年(昭和54年)全国和菓子協会がこの故事にちなんで制定しました。
この由来を現在によみがえらせたのが「和菓子の日」です。
仁明天皇の時代、朝廷に白亀が献上されたことを祝って嘉祥と改元された
848年の6月16日群臣に16の数に因んだ食物を贈ったことに始まる…と
「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」には記してあります。
この儀式が宮中や武家の間、そして民間にも浸透していくのは
室町時代から江戸時代にかけてのこと。
特に武家の間では宋銭の嘉祥通宝の「嘉通」が「勝つ」に通じることから
嘉祥通宝16枚で菓子を求めたり、主君から下賜された嘉祥米で
菓子と交換したり、民間でも16に因んだ個数の菓子を食べたり
16文に相当する餅や菓子を食べる風習となったそうです。

現在はこの日に和菓子キャンペーンが催され嘉祥饅頭や嘉祥菓子が売り出されます。
ところで全国和菓子協会のマークをご存じですか?
和菓子屋さんの包装紙でたまに見かけることがありますが
この日に売り出されるお饅頭の頭にも同じマークが焼印されています。
下のマークがそれです。

尚、数字に因む嘉祥菓子に近い行事食として
庚申に供えた七色菓子、百味菓子、有卦の菓子があります。
ともに、江戸時代にさかんに行われたもので今は廃れています。
民間伝承に由来するこのような行事こそ、忙しいこの現代社会に
休息の時をもたらしてくれるとのではないしょうか?
1979年(昭和54年)に設定された和菓子の日(6月16日)
美しい日本の四季と歴史の中で育まれてきた民族の味『和菓子』の素晴しさと
もっと親しんでもらおうと、和菓子の製造に携わる者も
この勝れた日本の食文化を正しく隆盛に後世に伝え残すために
一層の努力を積み重ねていこう…と願って設定された日。
家族や親しい友人の健康を願って和菓子を贈り、和菓子を食べる…
心暖かい日本の習慣として育ってほしい気がします。
◆季節を味わう和菓子
都会の暮らしの中から季節が失われつつあるといわれています。
街を歩いてみると店先からも季節を感じさせてくれるものがめっきり少なくなりました。

そう言えば家並の間に季節の花を咲かせていた草木もいつの間にやら少なくなっているようです。
かつては、もっと自然の風物に恵まれ、食べ物や植物を通じて季節の移り変わりを身近に感じ
四季を味わうことに喜びを見い出していたはず。

和菓子は生活文化ともいえる四季の行事を大切にしています。
和菓子のもつ季節にはふたつの特徴があります。
ひとつは、その季節になってはじめて顔をだす和菓子の数々。
桜もち、草もち、柏もち、水羊かん…etc
これらの和菓子は季節の訪れを告げる和菓子といえます。

さらにひとつは、季節を表現する和菓子です。
和菓子という小な形の中に自然の風物を映しとって表現し
季節の移ろいに一足早く美しい装いをみせる和菓子。
上生菓子、煉り切りなど様々に季節を表現した和菓子が季節の訪れを伝えてくれます。

◆和菓子暦
日本には歴史の中で生き続けた多様な年中行事があります。
正月、節分、雛節句、端午の節句、七五三…etc
これらの行事日は日本人の生活文化の中で欠かせぬものといえますが
歴史と伝統の中で育まれた和菓子はその年中行事と深い結びつきを持っています。
喜びの日や祝いごとの日に和菓子を食べる。
これも生活にうるおいを与える日本人の知恵といえましょう。
折目節目に和菓子で年中行事を過ごしてみてはいかがですか。
●正月=年賀の和菓子
●鏡開き=お汁粉
●成人の日=祝菓子
●大寒=寒餅・元気餅
●節分=立春大福・福豆
●雛節句=菱餅・雛あられ・桜餅・道明寺
●彼岸=おはぎ・十六団子

●花祭=花まんじゅう・いただき
●端午の節句=ちまき・柏餅
●母の日=季節の和菓子
●和菓子の日=季節の和菓子
●父の日=季節の和菓子
●七夕=たなばた餅
●中元=和菓子全般
●土用=土用餅
●帰省=郷土の和菓子
●敬老の日=養老まんじゅう・季節の和菓子
●秋彼岸=おはぎ・団子
●十五夜=団子
●十月亥の日=亥の子餅
●七五三=千歳飴、祝菓子

●歳暮=和菓子全般
●餅つき=餅
「お菓子な歳時記」和洋、四季のお菓子が織りなす甘美な世界。
一年のさまざまな節目において時に主役を演じはたまた脇役に徹するお菓子。
その知られざる由来、エピソード、文化を季節ごとに綴った至福のエッセイ
「季節の実用語」知っているようで知らない、知らないようで知っている。日本語は奥の深い言語。
そんな日本語の更にディープな部分まで踏み込んだのが本書。
例えばビジネスシーン、あるいは飲み会やコンパ、ちょっとした話題のつなぎなど
知っていれば受けること間違いなしのネタの数々。

生活の中に様々な「色」が溢れています。
自然界の中にも多様な「色」が存在しています。
この世界は「色」で構成されていると考えてもいいかもしれません。
「色」は、人間の「こころ」に働きかけ
「からだ」に影響し「いのち」に繋がっています。
◆虹の色
▪ 雨上がりの虹の色の数はいくつ?
▪ 虹は何色?
色は人間の精神に深く影響しています。
当然のことですが、属している文化によって人間の精神パターンにも違いがあります。
ということは、色も文化によって違いが出てくることになります。
「虹は何色ですか?」と尋ねたらほぼ十人中十人が「七色です」と答えるのではないかと思います。
私たちは虹を七つの色だと思っています。
レインボーカラーと言えば七色、それが常識。
けれどもこれは文化が作り出したその文化内での常識であり
”絶対的事実”ではありません。
国により、文化により、虹の色数は異なるのです。
雨が止んで天に現れるのが「虹」
日本では虹に見える色は七色と云われます。
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫です。
しかし、欧米では虹は六色であると考えられています。
青と藍は同色とされるのです。
日本では”あお”と”みどり”の区別は曖昧で
時には同一視されたりしています。
青々とした葉っぱと呼ばれているものは、本当は緑色です。
もしも緑という名前が無かったら日本では青と緑は同じ色
一色として数えられ虹の色も六色になることでしょう。
更に、青と藍色の区別を付けなかったら五色になってしまいます。
この世に色は溢れていますがその全てに名前は付けられていません。
文化によっては、色を表す言葉が二つ三つしか存在していなかったりもします。
名前の無い色は、概念上、存在しません。
存在しない色は数えられないので文化によって虹は五色だったり三色だったり
時には二色だったりもするのです。
驚きは中近東です。
こちらでは、五色とされています。
緑と青と藍が一色で青とまとめられています。
もっと驚くのは、メキシコの原住民であるマヤ族
黒・白・赤・黄・青の五色に分けると言います。
これは、古代の日本や中国の色彩思想にも通ずるものがあります。
昔は日本でも緑や藍は青から分化されていませんでした。
天に見える虹は世界どこでも同じはずですが
見る側の受け取り方で感じ方も大きく変わるようです。
日本でも、古代では殆ど色の認識はされていなかったようです。
”あか”は明るく、あかあかと燃え輝く火や太陽の色。
”あお”は薄暗いぼうっとした感じ、または草木染めの色。
”しろ”は夜が白けるときの色。”くろ”は日暮のときの暗い色。
こんな曖昧な明度の差程度の認識しか、最初は無かったようなのです。
五世紀ごろに中国から五行思想とそれに対応した
青・赤・黄・白・黒の五色が伝わり
色の区別が明確に認識されるようになったとか。
また、その文化によって尊い・神秘的とされる数に合わせて
色数を設定したこともあるようです。
基本的に、古くは東アジアでは五色
西欧では三色とするのが普遍的だったらしいですが
それは五行思想や三位一体思想からの発想だったろうと言われます。
しかし一方で、現代でも単に明(赤)と暗(緑〜黒)の
二色としている民族もかなり多いようです。
では、現在日本や西欧で七色とされることが多いのは何故なのでしょう?
まずは、イギリスの科学者・ニュートンが太陽光をプリズムで
虹色の帯に分解したとき、聖数七(音階など)にちなんで
それを七色に数えたということが始まりのようです。
このために、イギリスやアメリカの学術分野では
虹を七色と定義するようになり
そして日本でも恐らくはそれを受け、明治八年発行の教科書
『小学色図解』で「太陽の光は七色」と書かれたことから
虹を七色とする認識が一般に広まったのだとか。
日本は四季とそれによって様々な色をみせる自然に恵まれています。
山や木々、花、河や海、空、風などの微妙な変化が
私たちの色に対する感受性を育ててくれたのです。
また色や自然に興味が沸いてくるともっと微妙な変化にも気づいてきます。
虹色が何色にも感じられたりするのかもしれません。
自然の色ほど微細なものはないのではないでしょうか…

◆みどり色の空
▪ みどり色の空を見たことありますか?
空色といえば「青色」ですが、自然は本当に多様で
同じ空にも様々な色を見せてくれます。
朝日が昇る直前は空も燃えるように真っ赤。
夕日が落ちるころには泣けるような橙色。
太陽が丸々現れると神々しい黄金色。
空は晴れていると普段は抜けるように青い。
太陽光が薄らいでくると、切ない藍色。
陽が地平線から見えなくなって暫く経つと神秘的な紫色。
でも「緑色」の空を見た記憶があまりありません・・・
皆さんもちょっと思い返してみてください。
【ケース1】 太陽残像現象
眩しい太陽を暫く直視し(目がチカチカしますが・・・)
太陽のあるところ以外に目をやると、ぼんやりと淡緑の光が見えます。
これは太陽に限らず、マゼンダ(赤紫)のものを見ると同様の効果が得られます。
私たちの脳が目に入ってくる色とは補色のカラーを作り出しているからですね。
ということは、太陽は実はマゼンダということ・・・?!
【ケース2】 彩雲(さいうん)現象
非常に縁起がいい雲で、サーモンピンクや淡いブルー、薄紫、レモン色と
所々に朱金色がきらきらと光る雲です。
このパステルカラーの雲の中にペパーミントグリーンも見えるそうです。
地方によっては『錦雲(にしきぐも)』とも呼ばれ
朝日や夕日に彩られた雲とは全く違うそうです。
まるで、天使か天女の神々しい舞を見ているようだそうです。
見てみたいものです・・・
【ケース3】 虹
虹の中にもグリーンが見えますよね。
【ケース4】 細い緑の幅
夕日が地平線に落ちてから暮れ切ってしまうまでのしばらくの間
「橙色から薄紫色,藍色,濃紺色にかけて」の間に時として一部分
空が一筋くらい緑色に見えるような時があるそうです。
橙や紫に較べるとかなり細い幅の色なので見分けが付けにくいかも。
空気が澄んでいる時季、特に雪の降らない地方の方なら
晩秋から初春にかけての冬の夕空はおススメだそうです。
晴れた日にじっくり空を眺めてみるものいいものかもしれません。
空に限らず、自然には本当に様々な色が存在していますが
案外、見過ごしているものも多いようです。
時間に余裕があるときは、じっくりと自然の彩を感じてみるのも
好い癒しに繋がるかもしれません。
自然界の色って本当に不思議…

◆禁色ってなに?!
▪ 使うことを禁じられた「色」
現在の日本では、「禁色(きんじき)」という風習はなくなりました。
「禁色」とは、文字のごとく使用することを禁じられる色のことです。
ただ、安全性や公共性を重視する場合は色を規制することもあります。
例えば、道路や海上・空中の交通時に必要な灯火や標識の色など。
こういった行政による規制以外には、表現の自由というお墨付きで
街には様々な色を楽しむことができます。
しかし古代から近代まで色で身分や役職を区(差)別していました。
支子(くちなし)・深蘇芳・深緋・深紫など、濃い赤か紫などが禁色とされました。
これは、色そのものが高貴であるという側面以外に
それらを染め上げるのに、経済的にも高価であったからでしょう。
ただ、紅や紫でも色の薄いものは庶民でも使用できるようでした。
これらを「聴色(ゆるしいろ)」と言います。
桃色など下人の色と言われる位ですから、今で云うところのピンク系の色は
庶民が自分たちで生み出した庶民の色と言えます。
「禁色」という制度そのものの善し悪しは兎も角、その文化のお陰で
繊細で微妙な日本の古代色が生み出されたのではないでしょか。
今の日本では古来からの古代色から欧米の伝統色
最近開発された色など多彩な色合いで暮らすころが出来ます。
これらの色を巧く活用したいものです。

◆カラーの生活術 〜色を駆使して生活に彩を〜
▪ 生活に役立つ「色」あれこれ
※風邪などで汗をかく場合には綿などの自然素材の白色の下着が有効。
これらを着用して一晩眠ると、汗をしっかり吸収してくれます。
※寝室では薄い青や緑を基調としたコーディネートが睡眠を誘います。
濃すぎると重たくなってしまいますので、あくまでも淡い色合いで。
※勉強部屋には落ち着くグリーンを。
特にペパーミントグリーンは頭脳にバランスの良い刺激を与えるので
集中力が保ちやすくなります。
※玄関には赤や橙などをポイントカラーとして使うと
疲れて帰ってきても元気を取り戻してくれます。
但し、あまり分量が多すぎると逆効果なのであくまでポイントカラーとして。
もちろん、帰ってきて目に入るところに使ってください
※山登りでは黄色の服は避けたほうが無難でしょう。
確かに目立つ色ではありますが、虫が黄色の服に寄ってきます。
また、黒ぽい服も蜂が熊と勘違いするのか、近づいてきます。
※食卓にはオレンジ色や黄色・明るいベージュなどの色を使って
「食欲」を高めましょう。 しかしはっきりした色合いのものは
ポイントカラーとして使ってください。
色を上手く活用してより豊かな生活を…
「Wa和・環・輪・話・倭・我」和…美濃焼の9スタイル。
環…どんぶりの歴史・どんぶり百選・どんぶり百膳。
輪…お米とお酒・とっくり・盃・そば・すり鉢。
話…和菓子とお茶。倭…五節句一節会。我…和風暦と日本の色。
テーブル&フード&花コーディネーターである著者が
“Wa”へのこだわりと思いを集め六つの“Wa”で構成。
日本の良き伝統とこれからを考えるTEXT BOOK。
「日本の色を染める」紅花で艶やかな赤を染め、紫根から深い紫を取り出す。
色を重ね、その微妙な変化を楽しむ。
日本の色と衣と染の歴史。

長い歴史のなかで生まれ育まれてきた日本の伝統色。
主に草木から染め出したその美しい色合いは
日本の風土とも合いしっとりと落ち着きがあり
私たち日本人にとって最も心安らぐ色ではないでしょうか。
日本の伝統色とひとくちで言ってもその内容は様々。
身近な動物や植物から採った名前や
染め材料をそのまま色の名前にしたものなど。
また万葉の昔から使われてきた名前もあれば
江戸の文化と共に生まれた名前
明治以降に化学染料が主流になってから付けられた名前もあり
実に豊かでバラエティに富んだ味わいのある名前が
数多く伝えられてきています。
果物の色----*
洗柿 (あらいがき)
柿色を洗い晒した色
柿色より赤みの少ない色で、江戸時代の色の名前。
この色には別名が多く、本多柿(ほんだがき)、大和柿(やまとがき)
薄柑子(うすこうじ)などとも呼ばれていました。
「洗柿」は「洗われてうすくなった柿色」の意で浅い橙色をいう。
この染色は『手鑑模様節用』の色譜に示されており
「あらひ柿、又薄かうじと云」と記されている。
この時代の柿系統の淡染にはこのほか
「薄柿」「洒落柿」(晒柿に同じ)があるが
『手鑑』の洗柿はそれより少し濃い色で示されている。
杏 (あんず)
杏は中国原産の果物で、日本には古くから咳止め
薬の杏仁を採るために渡来しました。
苺 (いちご)
苺の実の様な強い赤紫の色
梅染 (うめぞめ)
紅梅の根を切り濃く煎じて出した染汁(梅谷渋ウメヤシブ)で染めた色。
浅く染めたものを赤梅、深く染めたものを黒梅という。
60112A 葡萄色(えびいろ)
葡萄は古くは「えび」と詠みました。
葡萄色はエビカズラともよばれるエビヅルの熟した実のような赤で
葡萄染(えびぞめ)ともいいます。
のちに海のエビと混同されて海老色とも書かれます。
葡萄色や葡萄染は平安文学にもたびたび登場する色です。
柿 (かき)
朱色に近い黄味のある赤で
秋の果実の代表、それも赤く熟した柿の実の色を指します。
日本では江戸前期の柿右衛門の磁器に見られる
「絵付け」によく用いられていますが
この柿色は弁柄(べんがら)の釉薬を使用した色で
染色の色よりは少し赤みが強くなります。
歌舞伎などで出てくる柿色は渋柿の色で団十郎茶と呼ばれ
少しくすみのある色となり、この柿色とはまったく別の
茶系の色となります。
江戸時代には百茶百鼠といわれるほど多くの茶系やグレー系の色があり
その中の一つとして数えられます。
柿茶 (かきちゃ)
茶色を帯びた柿色
桑染 (くわぞめ)
桑の根皮、または木皮の煎汁に木灰を媒染に用いて染めた色。
桑茶 (くわちゃ)
茶色を帯びた桑染め色。
黒柿 (くろがき)
黒みを帯びた柿色。
柑子 (こうじ)
柑子は日本で古くから栽培されている蜜柑の一種
鮮やかな黄色みのオレンジ、黄色みの強い蜜柑色です。
蜜柑色より黄みによった色をさします。平安時代からある古い色名です。
晒柿 洒落柿(しゃれがき)
薄い柿色。柿渋で染めた薄い渋色。
洗柿(あらいかき)ともいう。
元禄頃までは晒柿と呼ばれていた色。
江戸人が洒落てこの名で呼ぶようになりました。
橙 (だいだい)
橙の実は熟しても実が落ちにくく、収穫しないと
2〜3年は枝に付いているので「代々」の名が付きました。
この色は明治の中頃近くになって登場した色のひとつです。
この色名は一時、英語のオレンジに対応する日本語名として
用いられていたようです。
ところが「橙」という文字が教育漢字に採用されなくなり
赤と黄色の中間色は「オレンジ色」と呼ぶようになりました。
日本語の乱れを指摘する向きは近年高まる一方ですが
色名の中にも日本語の変遷が見られるようです。
橙黄 (とうこう)
熟したダイダイの実のような、橙色を帯びた黄色。
紅柑子 (べにこうじ)
ベニコウジの果実のような色。紅色を帯びている柑子色。
蜜柑 (みかん)
温州みかんのような強いオレンジ色
1985年に改訂された日本工業規格(JIS)「物体の色名」には
後述の橙色とこの蜜柑色が別々に取り上げられていて
蜜柑色の方がやや黄味の強いオレンジ色とされています。
橙色より赤みが少なく現代になって付いた名前です。
学校で使用される「クレヨン及びパス」類に定められた
日本工業規格でも蜜柑色と橙色は別々の色として記載されており
温州蜜柑の熟した皮の色を指します。

野菜の色-----*
小豆 (あずき)
小豆はその赤い色から病を退ける力があるとされ
冬至にはいよいよ厳しくなる寒さに備えて小豆粥を
食べる習慣がありました。小豆色はくすんだ赤色です。
溜色(ためいろ)も小豆色と同様の色ですが
漆塗の溜塗に由来する色名です。
芥子 (からし)
カラシナはアブラナの1品種。春に小さな黄色い
花が咲き、丸くて小さな黄色い種子が出来ます。
芥子はカラシナの種を粉末にして練ったもの
その色を芥子色といいます。
小麦 (こむぎ)
小麦の種子のようなオレンジ色
日本語では日に焼けた肌の色の形容に使います。
玉蜀黍色 (とうもろこしいろ)
トウモロコシの色からとられた浅いオレンジです。
茄子紺 (なすこん)
茄子の原産はインド 8世紀に中国を経て日本へ伝わりました。
茄子紺はナスの実のような暗い紫色です。
人参 (にんじん)
明るい赤みのオレンジ
山葵 (わさび)
すりおろしたわさびのような緑色

木の実の色-----*
栗 (くり)
栗色は栗の実の皮のような灰みの茶色
栗梅 (くりうめ)
やや赤みのやや明るい栗色
胡桃色 (くるみいろ)
クルミの樹皮や果皮を煎じてとった染料で染めた、薄い褐色。

「紅」(くれない)色の個性
「柿色」オレンジ系の深みある鮮やかさ
「利休茶色」の落ち着いた渋み
「蒲公英(たんぽぽ)色」黄色系のスッキリとした主張
「若葉色、若草色、深緑」の吸い込まれるような味わい
「茄子紺(なすこん)や鉄紺(てつこん)藍色」
紫系「江戸紫」や「京紫」「似紫(にせむらさき)」に感じる
日本的な情緒・・・
色の名前はそれこそ“いろいろ”ありますが
日本の「伝統色」と呼ばれる色の名づけ方には
植物や果物などの名前が元になっている色名も多く
字を見ただけ、あるいは聞いただけでその色合いが浮かんできます。
『枕草子』に挙げられた色についてのシャープな評価
『源氏物語』の襲(かさね)の配色
『平家物語』登場人物の鎧の縅(おどし※1)や太刀などの配色は
その人物の地位や立場などを語る道具だてにもなりました。
縅には緋色や黒、紫などが好まれたようです。
「苅安(イネ科の植物カリヤスで染めた鮮やかな黄色)」と
「藍」の色を重ねてできた緑色に
“草木が萌え出づる時の色”『萌黄色』(もえぎいろ)と名づけた
先人の美意識にあらためて感じ入るものがあります。
※1 鎧を構成するパーツで
体を保護するために板をつなげて革などで補強したもの。
袖などに使用する。
材料により糸縅・皮縅、色によって緋縅・卯花縅
つづり方によって荒目・毛引などに分かれる。
「色はことのは」人はなぜ、色に惹きつけられるのか?
色彩に秘められた深い意味を探る。
「万葉の色」いにしえの美しい歌や句の中に織り込まれた伝統的な色彩に
万葉人の心を偲ぶ…
幼い頃からの自身の想い出や読書体験を重ね合わせながら
いまやその名すら失いつつある色たちの風雅のこころを取り戻したい…
著者畢生の望郷歌。繊細で美しい「日本の色」17色を掲載
失われゆく色を惜しみて
「日本の269色」2001年日本工業規格(JIS)の「物体色の色名」が改正され
全269色が“日本の色”として決められた。
その色名は日本古来の色から外来のカタカナの色名まで多様。
色彩世界を拡げるためのガイド。
色のイマジネーションを豊かにする最新色彩事典。
和色名/外来語色名

ジャムやお菓子でおなじみのブルーベリー。
もともとヨーロッパやアメリカ、カナダなどの草原や砂地に育つ果物ですが
日本の各地でも栽培されています。
4月頃、釣鐘型の小さな白い可愛らしい花をたくさんつけ
その花のひとつひとつが6〜7月には美しい青紫色の実になります。
このブルーベリー、ツツジ科の植物で原産地はアメリカ。
かつては開拓者たちの大切な栄養源でした。
20世紀に入ってから品種改良が進んだとされます。
日本にやってきたのは1951年で初めは北海道で試験的に栽培されました。
生で食べるのはもちろん、お砂糖と一緒に煮詰めてジャムにしたり
また摘んだ実を冷凍しておき、マフィンに混ぜて焼くと
さわやかな酸味と甘さのブルーベリーマフィンがいつでも楽しめます。
日本の気候にも合い、栽培がそれほど難しくないため
ベランダなどで鉢植えで楽しんでいる人もいるようです。
ブルーベリーの実はおいしいだけではなく
健康への働きでも近年人気を集めています。
特に注目されるのが、ブルーベリーに含まれ
目に良いとされる「アントシアニン」というポリフェノールの一種。
ブルーベリーのエキスから作ったサプリメントなども増えてきました。
実はこのアントシアニンの目に対する働きが発見されたのは
偶然の出来事がきっかけとされています。
第二次世界大戦中、イギリス空軍のパイロットが夜間飛行に出るとき
たまたまブルーベリージャムを食べた日には
薄暗いところでも視界がきくことに気づいたのだとか。
それからブルーベリーの成分について研究が始まったそうです。
アントシアニンはブルーベリーの実を青紫色にしている天然の色素。
私たちの目の網膜にはロドプシンという色素体があり
このロドプシンが分解と再結合を繰り返すことで物が見えています。
アントシアニンはロドプシンの再結合を助けるため
目の疲れや見えにくさをやわらげるなど瞳の健康に役立つことが今ではわかっています。
またアントシアニンの働きについては近年さらに研究が進み
他にも血液をサラサラにしたり、高血圧を防いだり
最近ではがんに対する働きまで期待できるという調査結果も報告されています。
アントシアニンは生食用のブルーベリーよりは
野生種に多く含まれてることがわかっていて
健康食品にはこの野生種のエキスが使われています。
とはいえ、生食用のブルーベリーにもアントシアニンは含まれていますし
ビタミンCやビタミンE、食物繊維やカリウムも豊富です。
おいしいだけでなく、ヘルシーなブルーベリー。
口に入れると初夏のさわやかな味が広がります。

「梅雨は降り梅雨は晴るるといふことを」 後藤夜半
●麦秋の季節。6月5日は24節気の芒種にあたる。
稲や麦など芒のある穀物の種まき、収穫の時節という意味ですが
近代農業では5月連休には田植えが始まっている。
芒種のころはまた、腐草為蛍の季節で
枯れた草の間から蛍が現われる、という意味。
そして梅子黄ころ。
梅の実が黄ばみ始める季節を昔人はこう表現した。梅雨入りです。
6月21日は夏至。1年中で昼間がもっとも長い日。
逆にいえば短夜の始まり。
6月とはこんな月。
●梅雨空が似あう花といえば花菖蒲と紫陽花。
花菖蒲の原種は野花菖蒲で濃い紫色のアヤメ型の花。
北海道、東北、信州に多く、初夏のころ電車の窓からも目につく。
この単純な花からなぜこれほど千紫万紅の花菖蒲が生まれたのか
いまも謎のままです。
花菖蒲は江戸の文化から生まれた花で、1500種以上もあります。
東京都飾区にある堀切菖蒲園の花見見物は
墨堤の花見(隅田川の桜)につづく江戸下町人の風流でした。
現在も江戸花菖蒲の名所。
●東京・明治神宮の御苑もまた
江戸時代の花菖蒲百数十種の花が見られます。
まさに妍を競う、とはこのこと。花菖蒲の見ごろは6月上旬〜下旬で
千葉県佐原市立水生植物園も一見の価値あり。
利根川をはさんだ対岸の潮来町、牛堀町の水郷地帯にも
情緒ある花菖蒲園があります。
日本一の品種を誇る静岡県掛川市の加茂花菖蒲園も圧巻。
菖蒲園の背景にある建物群は安永2年(1773)に建てられたというから
こちらも見逃せません。
近畿地方では大阪市旭区の城北公園が有名。
●紫陽花は万葉の時代から観賞されていました。
原種は日本の額紫陽花。
1789年ごろ中国を経てヨーロッパに渡り、品種改良され
ハイドランジアという名で逆輸入されてから人気が広まった花。
中国名は八仙花、日本の別名は七変化。
花色を自由に変えて楽しみたかったら土壌を替えれば良い。
酸性土なら青味が強くアルカリ性土では赤味が強くでる性質を利用します。
●紫陽花の名所は多いですが
北鎌倉の明月院は別名・紫陽花寺と呼ばれるほどあまりにも有名。
隠れた名所として人気があるのは
神奈川県川崎市の浄慶寺(小田急線柿生駅から徒歩10分)。
3000株の紫陽花が裏山を埋めつくします。
近畿地方随一では、JR関西本線法隆寺駅からバスで20分の
矢田寺が有名。
圧巻なのは、城山の山腹に15万株の紫陽花が群生する
静岡県伊豆下田の下田公園。
降りみ降らずみの空の下で花菖蒲も紫陽花も
淡い空色に染まる季節です。

◆ガーデニングメモ
●花の色を鮮やかにする
鉢植えの花をいつまでも鮮やかな色に咲かせるコツは
ミネラルウォーター。
といってもそれでは不経済なので、水道水をヤカンで沸騰させて冷ませば
ミネラルウォーターと同じ効果が出ます。
●観葉植物の葉の艶を出す
観葉植物は、特に日当たりの悪い場所に置くと
元気がなくなったり葉の艶がなくなってしまいます。
こんなときは、飲み残しのビールか牛乳に布を浸して
葉を一枚ずつ、そっとふいてあげると見違えるほど艶が出ます。
●床を汚さない水やりの方法
部屋の床に置いた植木鉢の水やりはかなり注意していても
床にこぼしてしまう失敗は誰にでもあります。
それを防ぐ簡単な方法は、氷を3〜4個、植木の根元に置けばいいのです。
●盆栽を元気にする
盆栽がなんとなく元気がないときは
日本酒を霧吹きで全体にふきかけてやれば
意外なほど元気をとりもどします。
●留守中の植木の水やり
旅行などで植木に何日も水をやれずに枯らしてしまうことがある。
そんなときは、植木鉢の隣りに水をいれたバケツを置き
濡らしたタオルを水につけ
一方は、植木鉢に埋めておくと良い。
●土が爪の間に入らない方法
土いじりをすると、どうしても爪の間に土が入ってしまう。
それを防ぐためには、石けんに軽く爪を立てて
爪の間に石けんをつめておけばあとできれいに流すことができます。
●庭の雑草を一掃する作戦
うどんやそばのゆで汁を雑草にかけるだけで
除草剤の役目を果たしてくれます。
ゆで汁には塩分が入っているからです。
かなり頑固な雑草は、さらに塩分の濃い野菜のゆで汁をかけます。
熱湯のままかければ、なお効果的。
自然にやさしく、安全な除草剤の役目を果たしてくれます。
「水暗しあぢさゐの花映り澄む」 野村泊月
「イロハニ歳時記」春の音、夏の匂い、秋の色、冬の味わい
おうちで楽しむ今どき歳時記。おうちの中で感じる季節」の本。
写真、イラスト、レシピ、フラワーアレンジメント、エッセイ。
「お菓子な歳時記」和洋、四季のお菓子が織りなす甘美な世界。
一年のさまざまな節目において時に主役を演じはたまた脇役に徹するお菓子。
その知られざる由来、エピソード、文化を季節ごとに綴った至福のエッセイ
「花とみどりのことのは」心に潤いを与える美しい自然、いとおしい植物。
和歌や俳句だけではなく、民謡や川柳
童話や小説の中でつかわれてきた自然にまつわる言葉。
日本人が昔から愛し、大切にしてきた花とみどりの言葉に
華香る温かい写真を添えた珠宝の一冊。
息吹の章/華やぎの章/木霊の章/稔りの章/祈りの章
七十二候で「蟷螂生(かまきりしょうず)」にあたります。
「芒種」の初候でもあります。
「芒(のぎ)ある穀は播種すべきとき」として田植がはじまる頃です。

◆[芒種](ぼうしゅ) 6月6日〜6月20日
芒種(ぼうしゅ)は二十四節気の1つ。
6月6日ごろ。および、この日から夏至までの期間。
梅雨入りの前で、田植えを始める時期。
太陽黄経が75度のときで
芒(のぎ : イネ科植物の種子にあるとげのような突起)を持った植物の種を蒔く頃。
五月節。
暦便覧には「芒(のぎ)ある穀類、稼種する時なり」と記されている。
実際には、現在の種まきはこれよりも早い。
ちなみに黄河文明における主食はアワであり
二十四節気が作られた当時の中国黄河中・下流域では夏にアワを植えて
冬にコムギを植える輪作が行われていたようである(『呂氏春秋』任地篇)
西日本では梅雨入りの頃となる。
梅雨入りの頃、梅の実が黄ばみ田植えが盛んになる。
芒種とはノギのある穀物の種の事。つまり稲とか麦などの種です。
二十四節気の名称に「穀物の種」が採用になっているのは不思議である。
これはこの頃、秋に播いた麦類の実が稔って刈り入れが行われる一方
昔は今頃から田植の最盛期になるからです。
季節感の乏しい都会の生活ではなかなか味わえないですが
田植ではもうすっかり(誉)景色。
「かまきり生ず」 「腐草(くされたる)ほたよとなる」 「梅の実の黄ばむ」が芒種の七十二候。
初候、次候、末候の言葉。
かまきりも、ほたるも、梅の実も都会の生活の中では緑が薄くなってしまったが
もうそんな季節なのである。あと欲しいのは雨である。
待(機)の梅雨は南の方から次第に北上して来ている。
暦の上の入梅は6月11日。
◆芒種の期間の七十二候
初候 *
蟷螂生(とうろう しょうず) 蟷螂(かまきり)が生まれ出る季節 (日本・中国)
次候 *
腐草為蛍(ふそう ほたると なる) 腐った草が蒸れ蛍になる(日本)
鵙始鳴(もず はじめて なく) 鵙などの禽が鳴きはじめる季節(中国)
末候 *
梅子黄(うめのみ き なり) 梅の実が黄ばんで熟す(日本)
反舌無声(はんぜつ こえ なし) 鶯が鳴かなくなる(中国)
芒(のぎ)ある穀類、稼種する時なればなり

◆暦メモ
6月8日には、平安神宮神苑の無料公開があります。
この頃は花菖蒲の開花する時季ですが、神苑には200品種
2000株の花菖蒲が咲き誇ります。
■入梅(にゅうばい)
雑節の一つで、太陽が黄経80度の点を通過する日。毎年6月11日頃。
本来は「梅雨入り」の漢語的表現であり
梅雨の季節全体を「入梅」と呼ぶ地方もある。
太陽黄経に基づく定義は現在のもので、芒種の後の最初の壬の日を梅雨入り
小暑の後の最初の壬の日を梅雨明けとしていた時期もあった。
本当の梅雨入り・梅雨明けの日付は年により地方により異なるものであるが
農家にとって梅雨入りの時期を知ることは
田植えの日取りを決めるのに重要だったので
その目安としてこの暦日が設けられた。
現在は、気象庁の本庁、管区気象台及び地方中枢官署
(新潟、名古屋、広島、高松、鹿児島の各地方気象台)が
観測及び予報に基づいて梅雨入りを発表しており
「入梅」は実際の梅雨とは関係のない暦日となっている。
■梅雨(ばいう、つゆ)
北海道と小笠原諸島を除く日本において見られる特有の気象で
5月から7月半ばにかけて毎年めぐってくる、雨の多い期間のこと。
梅雨に入ることを梅雨入り
梅雨が終わって夏になることを梅雨明けと言い
日本各地の地方気象台・気象庁が梅雨入り・梅雨明けの発表をする。
雨季がある土地は世界中に多くあるが
梅雨はそれほど雨足の強くない雨が長期に亘って続く点に特徴がある。
このため、カビや食中毒などに注意が必要な季節とされることもある。
春から夏に季節が移り変わる際
大陸の冷たい高気圧を太平洋の暖かい高気圧が押し上げようとする。
この性質の違う二つの空気がぶつかる所は大気の状態が不安定になり
梅雨前線(ばいうぜんせん)が発生する。
梅雨前線の活動が太平洋高気圧の勢力拡大によって弱まるか
日本海側に押し上げられ、今後前線の影響による雨が
降らない状況になったとき梅雨が終わる。
一般に北海道に梅雨はないと言われるが
これは梅雨前線がおもに本州上に停滞することや
梅雨の終わりには前線の勢力が衰え北上する速度が非常に速くなっていることから
北海道で梅雨によると思われる降水が観測されないことが多いからである。
東北地方では年によっては梅雨明け宣言がなされないこともあり
これによって東北地方の夏は実は北海道よりも短いといわれている。
小笠原諸島は初夏より太平洋高気圧に支配されて梅雨前線が近づけず
真夏の空気に包まれる為、こちらも梅雨がない。
ただし真夏の空気に包まれる期間が長い分、台風が襲来しやすい。
■梅雨入り・梅雨明け
日本各地の地方気象台・気象庁では
毎年梅雨入り・梅雨明けの発表をする。
梅雨入り、梅雨明けしたと思われる時期に暫定的な発表を行い例年9月頃
5月から8月の天候経過を総合的に検討して、最終的なものとしている。
この際、梅雨入り、梅雨明けの期日の修正が行われたり
「特定せず」という表現になることがある。
一般に、南の地域ほど梅雨の到来は早く、沖縄は5月中旬から6月下旬
東北・北陸では6月下旬から7月下旬頃となるのが平均的である。
梅雨期間の終了発表のことを俗に梅雨明け宣言というが
気象庁が宣言することによって、梅雨が明けるわけではない。
基本的に、南から北の方向に梅雨明けになっていくが
必ずしもそのように順番になっていない場合もある。
前線が一部地域に残存してしまうような場合には
より北の地方の方が先に梅雨明けになる場合もある。
過去に、先に梅雨入りした中国地方より後に梅雨入りした
北陸地方が先に梅雨明けしたり
関東地方の梅雨明けが東海以西より大幅に遅れたりした例がある。
梅雨明けの直前は豪雨になることが多く
逆に梅雨明け後から8月上旬くらいまでは「梅雨明け十日」と言って
天候が安定することが多い。
「梅雨の平均期間」
地域 梅雨入り 梅雨明け
沖縄地方 5月8日 6月23日
奄美地方 5月10日 6月28日
九州地方南部 5月29日 7月13日
九州地方北部 6月5日 7月18日
四国地方 6月4日 7月17日
中国地方 6月6日 7月20日
近畿地方 6月6日 7月19日
東海地方 6月8日 7月20日
北陸地方 6月10日 7月22日
関東甲信地方 6月8日 7月20日
東北地方南部 6月10日 7月23日
東北地方北部 6月12日 7月27日
北海道地方 - -
伊豆・小笠原諸島 - -
出典:気象庁 平成17年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)
■一般的な特徴
梅雨入り当初は比較的しとしととした雨が連続することが多い。
梅雨末期には降雨量が多くなることが多く、時として集中豪雨になることがある。
また、梅雨の半ばには一旦天気が回復する期間が出現することがある。
この期間のことを梅雨の中休みと言う。
■空梅雨
梅雨の期間中ほとんど雨が降らない場合がある。
このような梅雨のことを空梅雨(からつゆ)と言う。
空梅雨の場合、夏季に使用する水が確保できなくなり渇水を引き起こすことが多い。
■梅雨の語源
この時期は湿度が高く黴(カビ)が生えやすいことから「黴雨(ばいう)」と呼ばれ
これが同じ音の「梅雨」に転じたという説や
この時期は梅の実が熟す頃であることからという説
この時期は“毎”日のように雨が降るから「梅」という字が当てられたという説がある。
普段の倍、雨が降るから「倍雨」というのはこじつけ。
■梅雨にまつわる言葉
旧暦では五月にあたることから、五月雨(さみだれ)ともいう。
「五月雨式」とは、梅雨時の雨のように物事が長くだらだらと続くことである。
五月雨の降る頃の夜の闇のことを五月闇(さつきやみ)という。
梅雨の晴れ間のことを五月晴れ(さつきばれ)というが
この言葉は最近では、「ごがつばれ」とも読んで
新暦5月初旬のよく晴れた天候を指すことの方が多い。

■梅雨に関連するもの
[楽曲]
雨 (作詞:北原白秋、作曲:弘田龍太郎)
雨ふり (作詞:北原白秋、作曲:中山晋平)
雨ふりお月さん (作詞:野口雨情、作曲:中山晋平)
てるてる坊主 (作詞:浅原鏡村、作曲:中山晋平)
かたつむり (唱歌)
[植物]
ツユアオイ(梅雨葵)
アジサイ - 梅雨の時期に咲く代表的な花。
梅雨を表現する際に出てくることが多い。
[生物]
カビ - 梅雨は湿度が高く、カビの発生が最も多い時期である。
[生活]
食中毒 - 梅雨は湿度・気温ともに高いことから食中毒の件数が増加する。
「つきづきの彩り」旧暦二十四節気に見る日本の美しい風景
人や自然に拘わらずどのような存在に対しても相手を気づかう
人間の側が一歩引いて対処する気持が大切。
立春、雨水、啓蟄などの旧暦二十四節気に季節を区切り
それに相応しい季語などを添えた写真集。

「旧暦と暮らす」スローライフの知恵ごよみ
先人が二十四節気のうち更に七十二候に分けた季節を感じたい。
そしてめくるめく日本の季節を愛でながら生きようと思わせる一冊
「雨の名前」[雨の名前]422語[雨の写真]148点[雨の詩とエッセー]35篇。
雨の日を3倍に楽しむ本。辞典+歳時記+エッセー+写真集のアンサンブル。

紫陽花 (アジサイ)
花の訪れとともに、間もなく梅雨入りを知らせるアジサイの花。
アジサイには二通りの花の形があることにお気づきですか?
一つは「額ぶち咲き」といわれる、中央部分に粒状の小さな花が集まり
その周りを額縁のように装飾花が取り巻いている形。
二つ目は「手まり咲き」といわれる
すべてが装飾花で構成されている半球の形です。
アジサイはれっきとした日本原産。
観賞用として鎌倉時代から庭園などに植えられていましたが、さほど人気はなかったよう。
むしろアジサイの美を見出したのは外国人でした。
イギリスでは初めてロンドン埠頭にアジサイが到着したとき
なんと花を歓迎する代表団がわざわざ出迎え
アジサイがやってきた記念の朝食会まで開かれたというから驚きです。
アメリカでは、大きなブルーのアジサイが
「髪を青く染めたおばあさんのようで可愛らしい」と人気を集めたそうです。
こうしてアジサイは欧米で鉢植え用として品種改良され
西洋アジサイ(ハイドランジア)として日本にも逆輸入されます。
花屋さんに並んでいる鉢植えのアジサイはほとんどがこの品種です。
草丈が短く改良されているので、お部屋の彩りとしてアジサイを楽しむことが出来ます。
アジサイは育つ土の具合でピンク、青、紫と、様々な色に育ちます。
これは土が酸性だと青が、アルカリ性だとピンクが美しく発色するという性質によるもの。
咲く場所によって微妙に違う淡いハーモニーを楽しませてくれるアジサイ。
雨をうけたアジサイはますます美しさを増し、通りすがる私たちの気分を
明るく染め上げてくれることでしょう。

* アジサイ(紫陽花)は アジサイ科 アジサイ属の植物の総称。
学名は Hydrangea「水の容器」という意味。
いわゆる最も一般的に植えられている球状のアジサイはセイヨウアジサイであり
日本原産のガクアジサイ Hydrangea macrophyllaを改良した品種。
樹高1〜2m。葉は、光沢のある淡緑色で葉脈のはっきりした卵形で
周囲は鋸歯状。6〜7月に紫(赤紫から青紫)の花を咲かせる。
一般に花と言われている部分は装飾花で本来の花は中心部で小さくめだたない。
花びらに見えるものは萼(がく)である。
セイヨウアジサイではすべてが装飾花に変化している。
花の色が土壌のpH濃度によって様々に変化するので「七変化」とも呼ばれる。
日本原産の最も古いものは、青色だという。
花はつぼみのころは緑色、それが白く移ろい、咲くころには水色または薄紅色。
咲き終わりに近づくにつれて花色は濃くなっていく。
「あじさい」の名は「藍色が集まったもの」を意味する
「あづさい(集真藍)」が訛ったものと言われる。
また漢字表記に用いられる「紫陽花」は
唐の詩人白居易(はく きょい)が別の花に名付けたもので
平安時代の学者源順(みなもとのしたごう)がこの漢字をあてはめたことから
誤って広まったと言われている。
* 鎖国時代に長崎にオランダ人と偽って渡来したドイツ人医師シーボルトは
日本のアジサイに惹かれアジサイ属14種の植物図とその解読を発表した。
その中で、特に花の大きい一品種に愛人の名前「お滝」をとって「オタクサ」と名づけている。
季語は夏。

◇各地のアジサイ名所
アジサイは長崎市・相模原市・習志野市・松戸市・旭市・新庄市・渋川市
下田市・神戸市・福井市・宇土市・大江町の花に指定されている。
また、2003年7月新発田市と合併した豊浦町の花にもなっていた。
全国各地にアジサイを境内に多く植えたアジサイ寺と呼ばれるような観光名所がある。
北鎌倉の明月院が中でも有名。
公共の施設では神戸市立森林植物園
舞鶴自然文化園に約5万株のアジサイが植えられている。
また箱根登山鉄道では、開花時期に合わせ夜間
ライトアップされたアジサイを楽しめる特別列車が運行されている。
◇古典文学でのあじさい
万葉集には2首のみ。平安後期になるとしばしば詠まれるようになった。
●万葉集時代
言問はぬ木すら味狭藍 諸弟(もろと)らが 練の村戸(むらと)にあざむかえけり
(大伴家持 巻四 773)
紫陽花の八重咲く如くやつ代にを いませわが背子見つつ思はむ(しのはむ)
(橘諸兄 巻20 4448)
●平安時代以降
あぢさゐの 花のよひらに もる月を 影もさながら 折る身ともがな
(俊頼『散木奇歌集』)
夏もなほ 心はつきぬ あぢさゐの よひらの露に 月もすみけり
(藤原俊成 『千五百番歌合』)
あぢさゐの 下葉にすだく蛍をば 四ひらの数の添ふかとぞ見る
(藤原定家)
◇花言葉
強い愛情、移り気なこころ、一家団欒、家族の結びつき
「花とみどりのことのは」心に潤いを与える美しい自然、いとおしい植物。
和歌や俳句だけではなく、民謡や川柳、童話や小説の中でつかわれてきた
自然にまつわる言葉。
日本人が昔から愛し、大切にしてきた花とみどりの言葉に
華香る温かい写真を添えた珠宝の一冊。
息吹の章/華やぎの章/木霊の章/稔りの章/祈りの章
「押し花カードと季節のおたより」四季折々の花で作る季節のはがきと
ブライダル、バースデーからクリスマスまで記念日のカードを掲載。
カード作りを楽しむための基本からカリグラフィーや
プチコラージュのワンポイントレッスン付き
「日本の色」あの日摘んだ野の花の色…あの日まとった晴着の色…
あの日眺めた夕焼けの色…日本人の美の心が生んだ彩りの世界。
みやびの色を集大成。
色の風景1(古都の彩り/時代の色/配色の妙)/
色の風景2(四季の彩り/色の事典)

六月(水無月)みなづき
入梅(12日頃) 夏至(22日頃)
涸月/鳴神月/松風月/炎陽/常夏月/雷月/長夏/田無月
風待月(かぜまちづき)旦月(たんげつ)
蝉葉月(せみのはづき)焦月(しょうげつ)
◆水無月(みなづき)
六月は、読んで字の如く「水が無い月」だからという説と
無の字は「な」の当て字で「〜の」を意味する。
ということは「水のある月」になる。
水の無い月と書くが、水が無いわけではない。
水無月の「無」は「の」にあたる連体助詞「な」で
「水の月」という意味になる。
陰暦六月は、田に水を引く月であることから
水無月と言われるようになった。
田の一番草や二番草を取り終わってまず稲作の大切な仕事をし尽くした
つまり「皆し尽くした月」が詰まって「みなつき」。
又、旧暦の6月は梅雨が明けて水が少ないからという二つの説が有力。
[6月の生活暦]
■ 季節の言葉
●梅雨
暦の上では立春から135日目の6月11日か12日を「入梅」というが
気象上の梅雨は5月下旬から始まることもあれば雨の少ない年もある。
南の小笠原高気圧とオホーツク海の
冷たい高気圧のせめぎあいによってできる
梅雨前線が日本付近に停滞、長雨をもたらし
梅雨の降水量は年間の20〜30%。
梅の実が熟す頃に降り続くので、梅雨と呼ばれる。
■ 誕生石・花
誕生石=真珠(健康・長寿)
誕生花=牡丹(恥じらい、気品)
■ 旬の味
6月上旬には各地で鮎漁が解禁になり、夏の味覚が出回りはじめる。
じめじめした梅雨どきは、食中毒をおこしやすい季節。
清潔を心がけ、旬の味覚で体をリフレッシュしましょう。
魚介=鮎(アユ)、鯵(アジ)、穴子、いさき、鱧(ハモ)、鱒(マス)
野菜・果物=南瓜(かぼちゃ)、ピーマン、胡瓜(きゅうり)、さやえんどう
いんげん、とうもろこし、トマト、茄子、梅、さくらんぼ、桃
■ 今月の草花
6月を代表する花、紫陽花はつぎつぎと花色を変えることから七変化(しちへんげ)ともいわれる。
鎌倉の明月院、千葉県の麻綿原(まめんばら)高原
静岡県下田の城山公園などが紫陽花の名所として有名。
山地の沢沿いや樹下には自生種のコアジサイ、ヤマアジサイなどが咲く。
花菖蒲(はなしょうぶ)泰山木(たいさんぼく)、夏椿、銭葵(ぜにあおい)、鈴蘭
どくだみ、雪の下、敦盛草(あつもりそう)、九輪草(くりんそう)、岩鏡(いわかがみ)
あじさい 梅の実 麦秋 衣更 栗の花
■ 風習・伝承
平安期、朝廷では中国にならって旧暦4月1日と10月1日に
冬装束と夏装束を着替えると定めていた。
江戸幕府もこれに習い、江戸時代には幕府が4月1日から袷(あわせ)小袖
5月5日からは帷子(かたびら)、9月1日から袷小袖
9月9日から綿入小袖などと定めて衣替えを制度化した。
4月1日には綿入れを脱ぐことから「四月一日」と書いて
「わたぬき」と読ませる姓があるがこの習慣に由来したものである。

立夏の候 初夏の候 梅雨の候 入梅の候
小夏の候 五月雨の候 薄暑の候
長雨の候 梅雨空の候 深緑の候 向暑のみぎり
雲の晴れ間の青空も懐かしく 早苗田の美しい季節
山々の緑も濃くなり 暑気日毎に加わる折柄 紫陽花の花も美しく時候不順の折 初夏の風に肌も汗ばむころ 樹々の緑も深くなり
若鮎のおどる 田植も始まり 暑さ日増しに厳しく
長かった梅雨もようやくあがり 日の光も青く 爽やかな初夏を迎え

※ なぜ「梅雨(つゆ)」というのでしょうか?
「梅雨(バイウ)」は中国から来た言葉です。
長江流域で梅の実が熟す頃に降る雨のことを梅雨と言ったのです。
日本人は、その言葉をそのまま輸入するだけでなく
梅を加工して梅干しを作るように雨から「露(ツユ)」を連想して
「梅雨」のことをツユとも読むようになりました。
梅雨は東アジア特有の雨期ですが梅も東アジアでしか見られない植物です。
梅というといかにも日本の花木、という感じがしますが
実はこれも、「梅雨」という言葉と同じように中国原産で
奈良時代、遣唐使によって日本に運ばれてきたのが最初です。
梅雨という言葉を借りて、日本では菜の花の咲く頃を菜種梅雨(ナタネヅユ)といい
サザンカの花の咲く頃をサザンカ梅雨なんて言ったりもしますが
いずれにしても着目点は花。
一方、中国人の着目点は実だったわけです。
それは、花より実が好きという二者択一的なものではなく
あらゆる植物の中でも梅でなくてはいけない何かがあったのでしょう。
万物が枯れ尽くしている冬から春さきに
梅は厳しい寒さの中でもふくいくと咲き続けやがて結実します。
厳寒に耐えぬく姿は、心底に秘めた激しい忍耐を教えるものとして
遠い昔から中国の人々に親しまれ、やがて革命の象徴ともなりました。
日本は雨の国・・・
四季を通して雨の恵みを受け
変化に富んだ美しい自然が育まれてきました。
その雨の情景は、ゆうに百を超える言葉で誌歌や絵画
物語や生活の中で表現され長い歴史を陰から飾ってきてくれました。
そんな雨にまつわる言葉を少しだけ・・・
◆夏の雨のことば
* 五月雨(さみだれ)・梅霖(ばいりん)
梅霖(ばいりん)、梅雨のこと。
陰暦の五月(今の六月)に降る雨のことで「梅雨」のこと。
* 白雨(はくう)
急に降り出してすぐやんでしまう雨。
村雨(むらさめ)にわか雨、夕立ともいう。
驟雨もほとんど同じ雨模様である。
* 虎が雨・虎が涙雨・曽我の雨
陰暦五月二十八日に降る雨のことを言う。
1193年のこの日、曽我兄弟による父のあだ討ちがあったことから
* 夕立
急に降り出してすぐに止んでしまう雨のこと。
白雨(はくう)・村雨(むらさめ)・群雨・にわか雨とも言う。
◆雨の歌
「思ひあまり そなたの空をながむれば 霞みを分けて春雨ぞ降る」
(恋しい思いに耐えかねて、あなたのいる方の空を見れば
霞みを分かつかのように細かい雨が降り続いています)
-新古今和歌集・皇太后宮大夫俊成-
「我が欲りし 雨は降り来ぬかくしあらば 言挙せずとも年は栄えむ」
(望んでいた雨が降ってきたのでこの具合ならば雨乞いをせずとも
豊かな実りをもたらすであろう)
-万葉集・大伴家持-
「春雨の やまず降る降る我(あ)が恋ふる 人の目すらを相(あい)見せなくに」
(雨が止まずに降り続いています。
私の恋しいあのお方に会わせないようにとしているかのよう・・・)
-万葉集・(作者不明)-
「春雨の しくしく降るに高円(たかまと)の 山の桜はいかにあらなむ」
(春雨が降り続けている今のころ
高円山の桜の花はもう咲き始めたであろうか)
-万葉集・河辺朝臣東人(かはへのあそみあづまひと)-
◆雨のことわざ
* 雨、塊(つちくれ)を破らず
雨が降り草木を培養するように、世の中が太平であること。
* 雨に沐(かみあら)い風に櫛(くしけず)る
苦労する様子をたとえたこと。
* 雨に濡れて露恐ろしからず
大灘にあった者は、小さなわざわいを恐れることはない。
* 雨晴れて笠を忘る
困難が去るとその時のことを忘れてしまうこと。
「喉もとすぎれば熱さ忘れる」と同じ意味。
* 雨だれに石窪む
わずかな力でも、長い間積み重ねれば
大きな結果をもたらすという意味。
◆雨の言ノ葉
* 雨降り花
摘み取ると雨が降ってくると伝えられている花。
ホタルブクロ、ツリガネソウなど、その地方によっても違う。
* 雨降り星
牡牛座の中にあるアルデバランを中心とした星。
またはヒデアス星団のこと。
* 雨障り(あまざわり)
雨で外出できないこと。
* 雨を帯びたる桃桜(桃李)
李や桃、桜などが雨に濡れて美しいところから
美しい女性に用いられる言葉。
* 巫山の雲雨(ふざんのうんう)
男女が夢の中で結ばれること。
◆涙の雨
* 身を知る雨
* 時雨心地
* 袖の時雨
* 雨雫
女性がさめざめと涙をこぼすこと。
* 雨やさめ
「さめ」も雨の意味。
重ねてその意味を強め、雨がたくさん降ることをいうが
ひどく涙を流して泣くことを意味している。
◆色々な雨
* 慈雨(じう)・甘雨(かんう)
天から落ちてくる恵みの雨のこと
特に日照りのあとの雨のように、天への感謝が
こめられている。
* 日照雨(そばえ)
陽が射しているのに降る雨のこと。
よく、天気雨はキツネの嫁入りといわれている。
* 小糠雨(こぬかあめ)
「糠」は、はかない、細かいとの意味から
細かい雨、傘をさすほどではない雨のことを言う。
霧雨・細雨(さいう)とも言われている。
* 篠突く雨(しのつくあめ)
篠を束にしたような激しい大雨のこと。
これに風が加わると、「篠を乱す」と言う。
[入梅] (にゅうばい) ・・・ 6月11日頃
気象の上での入梅は地域によって相違があるし
年によって早い遅いがある。
しかし、大よその時期を知らせる必要があるところから
暦の上の入梅が設けられている。
暦の上の入梅は現在では太陽が黄経80度に達したときと定められているので
夏至(黄経90度)のほぼ10日前となり、例年6月11日頃である。
古くは芒種の後の最初の壬(みずのえ)の日とされた。
壬の日が選ばれたのは陰陽五行説で
壬は水の気の強い性格とされたからで多少こじつけっぽい理由である。
現在の方法だと、東海・関東地方の梅雨入りの平均にほぼ合っていて
ある程度合理性を持っている。したがって平均値だと思って見れば
暦の上の入梅も雑節として記載されている意義があるわけである。
暦の上に「出梅」は記載されていないが
「入梅」があるのだから当然「出梅」もある。
これは古くは小暑後の壬の日とする説と
夏至以降の庚(かのえ)の日とする説とがあった。
両説あって迷うが、今年を例にとってみると、前者では7月8日となり
後者では6月26日となる。
どちらにしても、気象上の梅雨明けとは無関係である。
六月・・・入梅も間近ですね。
なにかと鬱陶しいと思われがちな梅雨時ですが
湿り気を潤いにかえて、雨の恵みを感じた毎日に...*
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おうちで楽しむ今どき歳時記。おうちの中で感じる季節」の本。
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文化を季節ごとに綴った至福のエッセイ






















